Thursday, August 31, 2006

少し位運動をされて下さい (06-08-30)[n]
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メール拝見いたしました  健康が回復されて来たようですが 普段からの管理が大切です
シンドイかもしれませんが 少しはお身体を動かして下さい

私は朝が早い 今ですと5時前に目が醒め 雨戸を開けます 新聞は此方は宅配してくれますので それを読み 洗顔をして 6時半頃から散歩に出ます  以前ですと 直線距離にして1.5kmの海岸まで歩いたのですが 最近は 鵠沼の 狭い道を それも車の走らない道を選んで歩きます  約1時間、歩数にして6000歩 距離にして4.5kmです  後は午後 それも多少涼しくなってから 今度は買物を兼ねて約5000歩歩きます

 何時の間にか習慣になりました  歩かない日は気分が悪い位です  歩く事が健康を保っている最大の理由だと信じているのですが

ご健康に不安を感じて居られると思いますが 家の中に閉じ篭っていると 決して良くない  極力外に出られ 美味しい空気を 存分に味わって下さる様お願いします

ゴミの問題ですが 当地でも大きな問題となっています  来年10月から 全てのゴミが有料化されます
貴兄もお悩みのようですが 私の日課を辿っても 振り回されています  家内がいませんので 全て私の責任です  火曜、金曜が生ゴミ、 水曜がプラスチック、 木曜が隔週毎に資源ゴミと不燃物ゴミの収集日 となっていて 夫々決められた収集場所に運びます  その他 大型ゴミのみ有料で連絡をして取りに来て貰う
事になっているのですが これが来年秋から全て有料となり 戸別に収集されるようになります

市としても 処理場所 或いは埋め立て等で 難問事となっていますが 処理の方法手段等 工夫を凝らしているものの 根本的な解決策にはなっていないのが現状です 

加えて 公徳心の欠如は凄まじいものがあります
昔の礼儀正しい日本人は何処かに行ってしまいました  富士山だってゴミの処理に苦労しています
憧れて登山する外国人の目にはどのように映っているでしょうか

お気付きの事でしょうが 今週は 子供が親を殺すと言う事件が相次いで2件起きました  その一つは 友人に依頼して 30万円で親殺しを依頼したと言うのですから 背筋が凍りつくような戦慄を覚えました  命の大切さ そして親子関係に 間違った風潮が流れています  

教育を見直す時期に入り 今度の自民党の総裁選挙でも それを目標に掲げている候補者もいます

今日で8月も終わりです  多少涼しくなって来ましたが 未だ残暑の厳しい毎日です
くれぐれもお大事に 健康専一にお過ごし下さい  お元気で
(06/08/30)

Wednesday, August 30, 2006

お蔭さまで元気になりました (2006/08/30)[s]
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もう9月ですね。 あっという間にクリスマス、そして正月でしょう。 こちらのショッピングモールは10月に入るとクリスマスの飾りつけを始めますが、銀座の三越ではクリスマスのデコレーションが恒例となっているのでしょうか。

ダイエーも女性会長のもと、丸紅の触手が動いているようで、現代日本の思惑が入り乱れる複雑な構図には、太平洋の彼方からの傍観者として、溜め息が出るばかりです。

寝台車のコンパートメント程のアパートに住み、新聞も読まず、テレビも見ずでは、すっかり世相に疎くなってしまいました。 アパート住まいで便利なのは、ゴミの処理です。 一軒家に住んで居た頃は、週一回のゴミの持ち出しは、主婦ならぬ主夫のつとめでしたが、時々曜日が変わります。 それに朝7時に出すというきまりがあって、ちょっと緊張しました。 アパートなら、毎日少しずつ出せますから、主夫の務めも軽くなりました。

この前倒れた時は、消防車と救急車が2分で駆けつけてくれましたが、こちらにいる愛国的な日本人なら「日本だったら1分ですよ」とおっしゃることでしょう。 カナダはどこでも2分というわけにはいきません。 場所によっては、救急隊員の救出に、セスナ機やヘリコプターで半日飛ばなければならない所が世界第二の国土には散らばっています。

私が先週イマージェンシー(ER)のベッドで横たわっていた時、「もしカナダの統計が当てはまるなら自分も後3年の命。 さてどう過ごしたものか」と思案したのですが、下手な考え休むに似たりで、アイディアは浮かびませんでした。 まず公証人の所に行って遺言の書き直し。 牧師の息子に「葬式やメモリアルサービスはお断り」と言うのですが、笑って取り合いません。 ボディは大学病院に献体する手続きをしてあるものの、もし私みたいに葬儀の費用をケチろうというのが動機の人が増えたら、大学も迷惑かもしれません。

今はメールマガジンとホームページを出していますが、私自身が書くよりは、最近は投書の方が多くなって、それを配信するのに大童です。 投書がある限り止めにくいので、自縄自縛です。 電子ピアノでも入手して、60年ぶりに鍵盤に触ってみようかと思ったりもするのですが、それも怠け者には実現不能に近い心理的負担。 成人した子供達は、私の過去を知らないので、「英語で自分史を書いてほしい」と言うのですが、それも絵に描いた餅。 寝転んでクヨクヨ思いを巡らしているうちに、すぐ3年ぐらいは経つでしょう。 

この2週間ばかり殆んど歩かず、ラジオ体操も休んだので、ちょっと血糖値や血圧がアップです。 これを以前のレベルまで落とすのが宿題です。

貴兄もどうかお大事に。 9月8日に集まる諸兄によろしくお伝えください。

(06/08/30)

Friday, August 25, 2006

お身体は回復しましたか?(2006/08/25)[n]
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今頃になってやっと涼しさが出て来ました それもその筈もう8月の終わりです
今年の夏は凄い暑さが続きました 30度は無論何と35度を超す日が連続しました
方々で記録更新のニュースが聞かれましたが 日本だけではないようですね
米国もヨーロッパも酷暑続きだったと報じられていますが

この前のメールで バンクーバーは秋の気配と伺いましたが 気候は温暖な土地なのでしょうね

でも目の心配をされ そして塩分不足で入院までされたと聞いて驚きました 前立腺の手術までなさったようで心配です どうか大事にされて下さい

私も近所の街医者から電話があり 健康診断を受けたらとのお誘いがありましたので 1年振りに検診をしました その結果異常なしとの診断でした 前立腺や胃の検査も受けましたが異常なしで一安心しました 独り暮らしが長いので 健康には気を使い 食事も私なりに注意しているのですが 歩くなど 自分なりの健康法を実行しています 友達にも前立腺癌で手術をしたとか 3ヶ月に1回位胃に内視鏡を入れて 腫瘍を切っている人とか 老人特有の病気を持っている人が多いように思えます 残念ながらそんな年になりました

日郎さんから電話があり 9月8日に会う事にしました 附属というより一中の集まりのようですが 島袋、川池 下野君も来るようです 
一昨年までは 附属の男女一緒のクラス会をしていたのですが この処無くなりました
女子は野田さん(お転婆で天然パーマでした)池畑さん(吉牟田君と同様 ずぅーと級長さんでした)が居るのですが

これから横浜へ出掛けます 昼の会合があるのです 幸い涼しくなりましたので 汗を掻かずに済むでしょう

どうか お身体にはくれぐれもご注意下さい お元気で

(3006/08/25)

野村 昌平

Thursday, August 24, 2006

いろいろな資料、かたじけなく拝受しました(2006/08/24)[s]
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今日ズッシリと重い小包をいただきました。 中にはバラエティに富む雑誌の数々がいっぱい。 いつもながら、有難いお心遣いに、感謝の思いがあふれます。 あれを郵便局まで持っていくのも重かったでしょう。 しかし今回は鹿児島の刊行物だけでなく、鎌倉や湘南の便りも満載されているようで、これからページを開くのが楽しみです。

私は月曜日に眼科医のところに行ってきたのですが、私のメールを読んで下さる読者の方から、私の視力が弱いのは、マーキュラー・ディジェネレーション(黄斑変性症)ではないかと指摘されました。 実は私のかかっていた網膜の専門医が、最近のニュースで、新しい治療法を開発したと伝えられていた矢先なので、私も希望をもって、診断を仰いだわけです。 しかし、チェックしたところ、私の目はその治療法には適さないということがわかり、残念でした。 しかし「右の眼は悪くないのだから、弱視のクリニックに行って相談すれば、強力な眼鏡が見付かるかもしれない」という期待を抱かせるアドバイス。 そこでまた希望を取り直し、一ヶ月先のアポイントメントをとりました。 こまかいプリントが読めるようになれば人生のボーナスと、期待をつないでいます。

先週は、眼科医のほかに、前立腺肥大の手術も受けたのはいいのですが、そのあと自宅で人事不省に陥り、救急車で病院に運ばれ、4日3晩入院するというオマケがつきました。 調べたところ、水の飲みすぎで塩分が足りなくなり卒倒したという始末です。 家内が911に電話をかけたところ、2分後に消防車と消防士3人がかけつけ、その後続いて救急車とパラメディックが3人到着。 速いので驚きました。 今はすっかり回復し、元気です。 ブラックアウトは75年の生涯で初めての経験でしたが、救急病院のベッドにいると、世の中、いろいろ苦しみや痛みを抱えた人が多いことを今更のように思い知らされました。 年をとってポンコツも故障が増えますが、まだ神のあわれみと恵みに感謝しなければならないと痛感したことでした。

秋が速足でやってきます。 季節の変わり目が迫ってきますが、どうか貴兄もお大事に。 
(2006'08/24)

Thursday, August 17, 2006

「終戦の日を迎えました」(2006/08/14)[n]
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終戦の日8月15日を迎えました 終戦と言うより敗戦の日です 先程のニュースで小泉総理が今朝靖国神社に参詣したと報じました 又中国、韓国が反発するでしょう 或いは9月までの総理だからと或る程度諦めるのでしょうか 他国の内政に口を挟むより自国の内政に目を向けて先進国の仲間入りをして欲しいものです
中国や韓国は確かに経済面での発達は目覚しく世界経済をリードしているかも知れませんが 他国は経済面での利益を得るために目を瞑って利用しているだけで 運命共同体みたいな仲間としては見ていない筈です 日本向けの発言にしても大人の発言ではなく一国の主としては教養も無くサラリーマン的な?感じすらします 中国は国家体制は果たして何時まで続くのでしょうか

日本は依然として平和ボケ それもアメリカの後ろ楯を得てのものでしょうが未だ進歩的?と称されている一部の学者、評論家、作家の意見が罷り通っています この人々は本当に幸せな?人達です
私は国と国とは相容れない所があるのは当然だと思いますが それを護るのは究極的には武力しかないと言う気がします 議論しても所詮は収まらない 平行線を辿って矛を収めるには背後に武力の存在があるからと思うのですが

お変わりなくお過ごしのご様子で何よりです 目がご不自由で可哀想です 私は未だ新聞を老眼鏡を掛けないで見れます と言うのは片目が近眼、片目が普通なので新聞を読む時はこの片目(右目)で見ています
とは言っても最近は視づらくなりました

暑いのですがお盆入りをしてから風向きが少しですが変わって来ました 大気の状態が不安定となり雷鳴と共にスコールみたいな雨が降りました これを境に暑さが和らいだようです でも関東地区だけの話で甲子園は
相変わらず連日35度の猛暑の中で高校野球が行なわれています 夏の大会3連覇を目指す苫小牧駒沢高校が青森山田高校に苦戦を強いられています プロ野球が衰退気味でその代わりサッカーが賑わっていますが高校野球は盛況で甲子園は連日4万人強の観衆を集めています 鹿児島からは県立鹿児島工業が出て3回戦に進みました この学校は生駒悦郎君が進学した学校です 彼は亡くなったと聞いています

10月の第3土曜日には恒例の男師附属の同窓会があります 来年は私共19年卒業生が当番だそうですのでその準備も兼ねて後藤日郎君と一緒に行く予定にしています 出席者が限定されて来ました 今までは家内が療養中で出掛ける事が思うように出来ませんでした

話す友が居ないのは辛いでしょうね その点私は恵まれています お盆が過ぎれば家内の亡くなった事に関わる行事も済みますので親戚周りをしたいと考えています
暫くは暑さが続きますのでどうかお身体には気を付けてお過ごし下さい お元気で
(苫小牧駒沢高校が逆転で勝ちました 優勝候補が勝ち続けるのは自力がある証拠で感動しました)

Monday, August 14, 2006

「8月も半ばとなりました」(2006/08/14)[s]
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今日は、終戦記念日。 カナダでは、太平洋戦争の終結よりも、ヒロシマ、ナガサキの悲劇の方が大きく取り上げられ、テレビなどでも長時間のドキュメンタリーを組んで、原爆の悲惨を訴えています。 

終戦の日、私は四国の田舎にいましたが、晴れ上がった空をみて、「もう艦載機に撃たれることもない」とホッとしたのを思い出します。 昭和20年は長い1年でした。 父は老兵の二等卒として招集され北支へ渡ったまま消息知れず。6月には鹿児島も空襲で全滅。 私達一家は父の実家を頼って、四国へ。 そして戦争が終わって再び鹿児島へ。 広島を夜中に無蓋貨車で通過した後、身体に変調をきたしたのは原爆のせいだったのかな? 鹿児島に戻っても身を寄せる所はなし、トラックの荷台に乗せてもらって、伊佐郡の山野へ。 そこに母の親戚が疎開していたのですが、そこで最も寒い冬を越しました。 そして大口に移って父の復員を待ちました。 繰り返しますが、長い一年でした。

それに比べ、退職後の10年はあっという間でした。 幸い安穏に暮らしていますが、故郷は遠くなるばかり。 空の旅の難しさをニュースで聴くと、もう桜島の噴煙を仰ぐ機会もないかもしれないと思うようになりました。

ところで、中内理事長とのお話し会いはいかがでした。 また神戸に戻って智恵と力を貸してくれという要請だったのかなと思いをめぐらします。 永谷さんも、経済学者としては一流でしょうが、学長を任期中途で辞められたところをみると、理事長との間に性格の相違があったのかもしれませんね。

私は日本の事情にすっかり浦島太郎になってしまいました。 ここでも日本のテレビはみられ、高い金を出せば日本の新聞も配達してもらえるのですが、何しろ目が悪いので、それを口実に、誘いに耳を傾けず、貝のように蓋を閉じたまま、無知無情の日々を過ごしています。

どうかお元気で。  (06/08/14)

Friday, August 04, 2006

「此方も花火大会のシーズンです」(2006/08/03)[n]
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関東地方の梅雨明けは7月の30日でした 例年よりかなり遅い明けでした
その後も曇り空が多く気温も30度を下回る日が続きましたが 昨日からカンカン照りとなりました
今朝も既に10時現在で30度を超しています

此方も花火大会が方々で行なわれています 湘南海岸は夫々の町が日をずらして開催します
昔は浴衣で海岸まで出掛けましたが 余りの人出に惧れをなし 最近は音だけ聞いています
我家の2階からも見えていたのですが 家が建て込んで見えなくなりました 
江ノ島の花火大会は8月1日(火)でした そちら同様昼間から車や電車が込み合います 内陸部からのお客が多く 町田や相模原から人がやって来ます 地元の住民にとっては傍迷惑?です 昨日は茅ヶ崎だったようです

三越時代には隅田川の両国の花火が見ものでした 
川縁のミツワ石鹸の本社からお誘いがあり 屋上で花火見物をいたしました 
今はもっと上流で行なわれるようですが お台場が出来たので あの辺りでもあるのでしょうか 
兎に角あの人出を見ると惧れをなします

観客は圧倒的に若いカップルです 面白い事に花火を見に行く時は浴衣掛けが復活します

最近の浴衣は紺一色ではなく 赤、黄、ピンクと色をあしらったものが多い 
でも着こなしが何となくおぼつかない 
下手で 初めて着たというのが直ぐに分ります 
寧ろ外国人がキチンと浴衣を着て 角帯を結んでいる方が様になっています 
この前横浜駅で見かけた人は 惚れ惚れとするような着こなしでした 

日本の文化も衰えました 私は最近頂いた下駄を履くようにしています
今は殆ど見かけませんが あの音は郷愁を誘います 貴兄は下駄をお持ちでしょうか?

先月末に九州に行って来ました 友達に会いに参りました 博多に3泊、熊本に1泊、佐賀に1泊でした
友達が声を掛けてくれたのでしたが 折悪しく梅雨明けの猛暑続きで スーツの背中まで突き通すような汗を掻きました 
美味しい魚や馬刺しを食べ満喫いたしました 
でもこの季節は旅行は避けるべきでしょう 体力を消耗します

来週は神戸流通科学大学の理事長をしている中内潤さんから相談したい事があるので会いたいと言って来たものですから面談します 来年は創立20周年を迎えるのですが何の相談でしょうか もう手を貸す事は控えたい気持ちなのです

又雑誌を送ります 暇つぶしにどうぞ
お元気で

(06/08/03)

Thursday, August 03, 2006

「昨晩は花火がありました」(2006/08/03)[s]
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8月に入って、これからの暑さは残暑ということになるのでしょうか。 日本を離れて長くなり、昔お盆で唐湊の墓地に詣ったのは7月だったか8月だったか、記憶が怪しくなりました。

相変わらず幽々自擲の毎日です。 そしてパソコンに向かっているわけですが、今日のニュースによると、インターネットをやる人は、知人や家族とインターアクトする機会が少なくなり、独りで過ごす時間が増えると、政府の統計局が発表したと伝えていました。 そんなことは政府の調査によらなくとも、自分で半ば心得ていた心算ですが、それがコンファームされたわけです。

今はちょうど花火のシーズン。 私の住んでいる所の真ん前で花火が打ち上げられるので、かぶりつきで見られます。 何万、いやひょっとしたら何十万になるかもしれませんが、夜30分の花火のために、遠く郊外からも、時間をかけてやってきて、4時間も6時間も前から、海岸で陣取っています。 雑踏がいやだとか、群衆が苦手とか言う人もいますが、いつも独りで過ごしている私としては、明るいうちに集まってくる観衆にまじって歩くのも楽しみです。

殆んどは、若い人達ですが、結構一人で見物に来ている中高年の人もいます。 私と同じように、「孤独が好きだ」と強がりを言いながら、時には、特に暗くなると、人恋しくなるのでしょう。

海岸には、屋台の店が並びます。 ホットドッグやドーナツ、フィッシュアンドチップス。 アイスクリームにアイスドリンク。 それをノドに流し込むと、トイレに行かなくてはなりません。 臨時の仮設トイレが、あちこちに幾つも並んでありますが、どこも長蛇の行列です。 車椅子の人も大勢います。 芝や砂浜の上に毛布を拡げる人達が殆んどですが、デッキチェアを持ってくる心がけのいい家族連れもいます。 

海には、花火の舞台のまわりに、これまた無数のボートやヨットが泊まっています。 これも数時間前から待っているのでしょう。 

警官も大体が4人ずつグループになって、目を見張っています。

私は、そういった状景を一応見物すると、アパートに戻りました。 そして10時前、すっかり日が暮れてから海岸に出直しました。

花火そのものは、貴兄もよくご存知でしょう。 火柱が中空に上がると、大太鼓を叩くような炸裂音が響きます。 光と音の饗宴。 若い人は、指を口にくわえて、ピーッとつんざくような口笛を鳴らします。 かぶりつきなので、きな臭い硝煙の匂いが漂ってきます。  

10時半になると静かになり、半月の浮かぶ暗闇にもどりました。 この花火大会は2週間に4回行われるのですが、昨晩はチェコスロバキアの花火師の披露。 費用は3億円かかるそうですが、チェコやイタリア、中国からの輸送費も入っているのでしょう。 しかしその大半は、仮設トイレとか救急車とか、お巡りさんや警備のコストだそうです。

私も75才になって、花火が頭上で大音響とともに赤い火の傘を咲かすのを見ようとは思いませんでした。 海辺と公園に近い所に住むおかげですが、これも家賃のうちだと思うと少し得したような気分。 またこの次も来ようと思って、芝生から腰を上げたことでした。

(06'08'03)