Saturday, July 22, 2006

「豪雨の影響はスゴイですね」(2006/07/22)
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貴兄にメールしようしようと思っていながら、閑人ほど動きがにぶい通例の通り、ご無沙汰し、貴兄にまた先を越されてしまいました。 独り恥じ入っているところです。

長野往復13時間半のドライブは凄かったですね。 まあ途中で立ち往生することなく、自宅まで帰りついたのは何よりでした。

実は、貴兄のメールに驚いた直後、息子の嫁の早基子から、教会の友達からのメールを転送してきて、それがまた諏訪の土砂崩れの知らせだったのです。 この若い日本人のカップルは、日本でのビジネスを打ち切り、、当地へ留学中。 神学校で勉強しているのですが、今は夏休み。 そこで奥さんの長野の実家に帰省したのですが、これが諏訪の近く。 実家も土砂崩れにあい、若い夫婦が預けていった家財も泥の中。 保険も天災では補填しないでしょうし、泣くに泣けない事情のようです。

ところが、これは「天災」にあらずして「人災」ではないか?  実は先週話題の映画「AN INCONVENIENT TRUTH」をみたのですが、この映画の中で、アル・ゴアが「これから豪雨が地球上で頻発する」と警告しているのですね。 この映画は日本でも上映中と思うのですが、日本語のタイトルは何と言うのでしょうか。

映画を作っている間にルイジアナを襲ったのが「カタリーナ」。 ところがニューオーリンズで多数の死者が出ているのに、ブッシュは関心を払わない。 そこで側近がニュースを編集して災害の実態を見せたところ、ようやく4日後に腰を上げました。 そして能力のない友人を災害救済のトップに起用。 閣僚クラスの地位だったようですが、これがとんだたわけ者。 一応辞めたものの、人災は広がるばかり。

ブッシュも、アル・ゴアを斥けて大統領になる前は、環境問題も公約の一つに挙げていたようですが、大統領になってからは、「京都議定書はアメリカにとってラウジー・ディール」と決め付け、環境問題の責任者に据えたのが石油業界の代弁者。 これでは鶏小屋に狼を送りこんだようなもの。 言うに事欠いて「虱のような『京都』」と言い放っては、泥水の中で死んだ黒人達も浮かばれません。

このブッシュに同調するのが豪州のハワード。 カナダは前政権が「京都」に調印したのですが、この2月保守党政権に代わると一転して「反京都」の姿勢。 産油地出身の若い女性を環境相に据え、環境政策は後退しています。

日本はどうでしょうか。 小池百合子という関学中退の議員が当選回数を重ねて環境相をつとめているそうですが、どんな人か知りません。 イラクで日本人が人質になった時、パウエル国務長官が若い日本人の献身的な行動を讃えたのに対し、ニューヨークタイムズによると、日本のコイケユリコは人質を責める急先鋒だったと報じていました。 しかし小泉首相は改造後も閣内に留めたところをみると取柄のある政治家なんでしょうね。

貴兄には、小学校から大学まで、多数の同窓の友がまわりに居て、一発号令をかければすぐさま集まるのですから良いですね。 こちらの三田会は、皆さん世代が若く、肩書きは現地法人の社長とか頭取といったエリート集団。 世捨て人には縁がありません。 私も一回だけトロントの三田会に出てみましたが、「若き血」を歌う時私の歌詞はあやふやでした。 愛校心も愛国心もあやふやです。 だからと言って、カナダに愛着心があるかというと、やはりそこは「日本人」の血が燃えます。

鵠沼の風はよそより涼しいでしょう。 どうかお元気で。
「梅雨が大暴れしています」(2006/07/21)
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今年も昨年同様異常気象が続いています 
7月も20日過ぎて平年ならば梅雨明けの季節なのですが 一向に明けません 
予報では未だその兆が見えないので 場合によっては8月になるのではないかとも報じています

長野を中心に大雨 それも集中豪雨の被害が出ているのですが 加えて九州も 熊本を中心に 宮崎、鹿児島でも豪雨の被害が出て来ました 
何せ一時間に50mlから100mlの雨ですから 地面が吸収出来ず 河川にモロに流れています 
水源地の乱伐と 道路や河川がコンクリート固めされた報いのようです

実は長野に大雨が降った翌日 予定を組んでいたものですから 諏訪湖まで出掛けました 
ダイエー時代に可愛がった取引先の社長が 態々弔問に来られたので その返礼と 翌日から諏訪湖の上のゴルフ場で 仲間同士8名でプレイする予定になっていたので 雨の中を出掛けました 
藤沢からですと 厚木を経て相模湖ICから中央高速道に乗るのですが 高速に乗ってから 仲間の電話で明日のゴルフは中止するとの連絡を受けましたが 乗った後だものですから 諏訪まで行き 挨拶をして帰ろうと思ったのでした

処が諏訪の手前で高速が不通になり 甲州街道に下りて 諏訪を目指しましたが 何せ幹線道路は片側一車線しかなく カーナビを頼りに彼方此方迂回しましたが 此方も詰まり 渋滞と言うより停止状態で 動きが取れませんでした 
3時間も牛歩を繰り返し 結局は諦めて 再びICに戻り退き帰しました 
朝11時に出発し 帰宅したのが深夜12時半でした 
400km、13時間半に亘るドライブとなりました 
諏訪湖の周りは至る所水浸しになっていたそうです

思わぬ旅になりましたが 車を動かすのは好きだものですから良かったようなもの ですが 判断の重要性を改めて思い知らされました 
其方では思いもよらないような出来事でしょう 
長野県は海の無い県ですが その代わり周囲は山に緑に恵まれています 
高速から見る南アルプスの威容は見事でした 
山に登りたいとは常々思っているのですが もう無理でしょう 
歩くのと登るのは負荷が違います 
散歩の時に坂があると堪えます

北元俊一郎さんからメールが届きましたが 鹿児島市内の集中豪雨でも 彼の住んでいる所は被害もなく マスコミで 採り上げられた城山の亀裂による避難騒ぎも問題なかったようでした 良かった

今日は土曜日ですが お昼間に宮崎大宮高校の同期生仲間との恒例の飲み会が 横浜馬車道のスナックを
貸切ってありますので 参加します 
月1回の会合で 8名位集まり 宮崎弁で話します 
昔の子供時代に戻って話す楽しい会です 
貴兄には考えられない事でしょう 
ご免なさい 
お天気は曇りです

それではお身体にはくれぐれも気を付けてお過ごし下さい 
お元気で

Sunday, July 09, 2006

「相変わらず梅雨空が続いています」(2006/07/09)[n]
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沖縄と奄美大島は梅雨が明けましたが此方は未だ続きそうです 雨は大嫌いですので一日も早く明けて欲しいと願っているのですが 大型の台風3号が北上した来ましたのでこれが梅雨前線を北へ追っ払ってくれるのを期待したのですが 残念にも沖縄から東シナ海を北上して九州の西を渤海湾へ向かうようで空振りに終わりそうです

鹿児島、宮崎、熊本県は集中豪雨が連日続き時には100ミリ/1時間の大雨が降ったようです 垂水あたりは相当な被害が出ているようです 昨日のニュースで城山に亀裂が生じて照国町の一部に避難命令が出たと報じていました 今朝北元俊一郎さんにメールで被害の有無を問い合わせした所でした テレビに城山が登場したのですがその一こまに高岡病院の看板が写りました 貴兄も覚えて居られる事でしょう

お気遣い戴きました家内の件ですが 昨日49日の法要と納骨を済ませました 本来でしたら7月17日が七・七日忌に当たるのですが 新盆の時に当たりお寺さんが多忙なものですから相談して繰り上げて致しました
それまでは骨になっても傍に居たのですがお墓に納めるとなると寂しいものです ホッとすると同時に寂しさが襲って来ました 到々独りぼっちになりました 気楽になりましたが同時に困る事も多いでしょう  でも元気を取り戻して家内の供養をしながら生活して行こうと考えています

クルージングのお話がありましたが 私の神戸に居る友達も毎年ご夫婦でクルージングを楽しんでいます
一度経験するともう止められないと言っています 私にも薦めるのですが今までは病人が居たので憧れてはいても参加するなど到底考えられませんでした でももう少し経てば時間に余裕が出来る筈です そうなれば
好きな旅行も楽しみたいと考えています 日本でもクルージング用の大型客船が竣工しています 出航は
横浜乃至は神戸が多いようです

昨夕は藤慶会なる昭和34年慶応卒の集まりがあり出席しました 21名の参加者でした 私は彼等の先輩になるのですが誘われてこの会に入っています 藤沢市並びに近辺に住む塾員で中等部出身者が多いのですが皆童心に帰って賑やかでした 其方では考えも及ばぬ事でしょう 話し相手が居なくて寂しい事でしょうね

それでは又次回に お元気で

Thursday, July 06, 2006

「船も運命共同体」(2006/07/06)
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奥様が逝かれて一ヶ月と一週間。 お取り込みの間はご親戚や友人の往来もせわしかったでしょうが、今は人の波も潮のように引いて、幾分静かになられたでしょうか。

私は30年以上前、イギリスからカナダに渡る時、船で一ヶ月旅したのですが、船中でいつも同じ食卓を囲んだ一人の老紳士がいました。 背丈は私と同じくらい。 その時は私よりかなり年長者だと思ったのですが、今考えれば、現在の我々よりも若かったのかもしれません。 奥さんを亡くされての独り旅でしたが、1500人の乗客の中には、そういうイギリス人の鰥夫も結構居ました。

或る晩食事の後で、部屋に招じられたのですが、船室のドアを開けながら、「妻に会ってください」と言われます。 部屋には、奥さんの大きな額入りの写真がありました。 「私が部屋に帰ってくると、ああして、いつも笑顔で迎えてくれるのですよ」と言います。 私は感動の胸を抑えることができませんでした。

その船は、3ヵ月かかって世界を一周するクルーズでしたが、その人は奥さんと死に別れてから、毎年クルーズに独りで参加していると言っていました。 乗客の殆んどは高年のイギリス人の男女でしたが、独身の人が多く、皆さん似たような運命で同じ船に乗り合わせたのかもしれません。 30年前の初老のイギリス人というと、特に男性は、渋い魅力の人が多かったように思うのですが、今はどうでしょうか。 私達と初めて出会っても「外国人」という表情はついぞ見せませんでした。

私も、船の旅、鉄道の旅、運河の旅と振り返ってみると、途中の観光地とか食事よりも、行きずりの人達との触れ合いがいつまでも記憶に蘇ってくるように思います。

このバンクーバーからも、アラスカやハワイ、パナマ方面に向けて、クルース船がいつも夕方出航しています。 往復一週間ぐらいのスケジュールのようですが、遠くから飛行機で飛んできて乗り込む観光客が多く、暫し憂き世を離れる楽しみに人気があります。 私達はまだ乗ったことがありません。

(06/07/06)