Wednesday, February 22, 2006

「ご快諾いただいてありがとうございました」(06-02-22)[s]
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いつも、季節の香りがただよってくるようなお便り、楽しみにしております。

またお便りをご紹介することをご承諾いただき、ありがとうございました。  次のような形式のメールマガジンで、配信しております。

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無料メールマガジン

『カナダこのごろ』

MagID: 0000033930
(2006/02/21)

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  読者ラウンジ 

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「春の訪れを感じるようになりました」

お元気ですか  此方は 三寒四温のお天気が続いています  
今日は その雨の日になりました

未だ寒さが残っていますものの 日差しは大分強くなりました 
お天気と雨の日が繰り返しながら 本格的な春がやって来るのでしょう

庭に梅の木が 2本あります  一つは白梅 と言っても青色がかっているものですが それと紅梅 これは枝垂れ梅です の2本です 

我家は1967年に建てた家で もう随分と古家になりましたが 植木も人間と同様に年を取りましたので 5年前に好きな梅を植えました 今年は寒かったせいもあり 今も蕾の状態です 
但し盆栽の方の梅は 今盛りで 白と桃色の綺麗な花を咲かしてくれています

ろくすっぽ手入れなどしないのですが 季節になると キチンと咲くのには感心します  人間様より余程利巧です

近場では 小田原の曽我の梅林とか 熱海の上の梅林が有名ですが 行った事はありません
バンクーバーでは梅の花は見られないでしょうね

12月からお酒を飲む機会が多く それが正月明けても続き 年の割には飲み過ぎました 

此方でも焼酎ブームで 大抵の人が芋焼酎を飲むようになりました  あの独特な臭いも気にならなくなったようで 女性ですら好んで飲んでいるようです 

焼酎が大衆人気を得たのも 鹿児島の本坊酒造の 「さつま白波」 の努力が大きかったと思います

実は 私の母の実家も 日南市(元油津町)の焼酎醸造元です  
天保5年創業ですから150年も続いています

「かんろ」という銘柄が主製品ですが 「甕雫」 なるブランドがヒットして 人気になっています

NHKの朝ドラで 「わかば」 という作品が 1昨年 に3ヶ月位放映されたのですが その中に この実家が登場しました 
今のご当主は 私から言えば従弟になりますが 塾員です

お酒も程々にしないといけませんね

S.N. (06-02-19  湘南)


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お妹さんが、昔、アキでワンピースを注文してくださったとのこと。 有難いお客様です。 そうしたお客様のおかげで、私も東京に遊学できたのでした。

フルートといえば、戦前鹿児島一高女で音楽の先生をしていて、戦後はNHKシンフォニックタンゴオーケストラを主宰していた北村維章(本名季俊)さんから聞いたのですが、「フルートは独奏できる楽器だからいいよ。 それにピアノと同じ指使いだから、ピアノをやった人にはとっつきやすい」と。 しかし入る門は広くても、モイーズの境地に達するのは、やはり至難の業なんでしょうね。 皆さん、グルックのオルフォイスのメロディが、フルートの音として一番親しまれているのでしょうね。 しかしジャズでもよく使われているようですね。 

私は大学時代、何も部活動をしなかったので後悔しています。 大学時代は、東洋史の同じクラスには4人しかおらず、皆考古学のセミプロ。 その人達の後をくっついて、発掘によく出かけ、土方みたいなことばかりしていました。 そうして掘り出した縄文の土器の破片を組み合わせるのですが、パズルを試みているような感じでした。 その後、英語のヒアリングの練習を重ねている時も、一つの単語が耳に引っ掛かると、それを手がかりに手繰っていって、全体の意味がおぼろげながら判ってくる。 縄文の土器のパズルと同じだなあと感じたものです。

こちらでは一月の終わりには桜が咲き始めたのですが、今ごろになって急に冬が逆戻りしてきたので、その花も散ってしまい、歩道を彩っています。

Tuesday, February 21, 2006

「お元気で何よりです」(06-02-21)[n]
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やっと日差しが戻りました 春が近付くとお天気がクルクルと変わります

今年は寒さが厳しかったので梅の開花が遅れています 例年より1ヶ月も遅いそうです
所によっては桜と同時になる所もあるだろうと言われています

昨日は家内の病院の帰りに遠回りして小田原の近くの国府津にある曽我梅林に行きました
東名高速の大井松田ICから国府津に出る道路の左右に梅ノ木が立ち並んでいます
何千本もある梅林ですが 車を走らせながら見ました 丁度見頃でした 曽我は曽我兄弟の出身地です 
この近辺では此処と熱海が有名な梅林です

私のメールはどうぞお使い下さい 名前もお任せします
先日宮崎の延岡に住んでいる妹に貴兄とのメールのやり取りを伝えましたら 妹はピンクのワンピースをアキ洋裁店で作って頂いたそうです その写真もある筈だとも言っていました

今日は藤沢市民会館で知人の息子さんがフルートの演奏会をいたしますので聞きに参ります

フルートと言えば私共と同期生の峰岸さんは第一人者ですね 
実は私の独り息子も塾員ですが 在学中はワグネルのオケでフルートを吹いていました 今でも何処かのオケに入って演奏しているようです

親父は音楽は全くダメです

それではお元気でお過ごし下さい

Monday, February 20, 2006

「バンクーバーの春一番」(06-02-20)[s]
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歳時記の空気の匂うお便り、ありがとうございました。 一輪の花にも季節の訪れが映し出されるものなのですね。

日本の冬は今年寒さが厳しかったようですが、カナダでは春のような陽気がこの冬全国をおおっていました。 ところが、暦の上での春が近付くと、急に忘れていた厳寒が戻ってきて、自動車事故や停電が全国で続発しました。 桜が綻んでいたバンクーバーの海岸も、白波が牙をみせるようになり、奥地の山間部では、風が吹きつける時の温度、ウィンドチルがマイナス40度にも達しました。 バンクーバー市ではマイナス3度ぐらいでした。

引越しが終わって2週間。 築後40年のアパートですが、建物の中ではシャツ一枚で過ごせるのは有難い。 しかし、室内プールにはまだ足を踏み入れる気にはなりません。 室内プールは、別に高級アパートでなくても、庶民のアパートでも、大きな団地になるとついています。

私は、子供の時から、工作と運動が苦手で、徒歩競争ではいつもビリ。 もう一人加世田譲君も遅く、最後尾を走っていて、それでも後を振り向いた時の彼の顔が目に浮かびます。 まあ、水泳は、師範学校のプールのおかげで、ようやく浮く程度になりましたが、大学一年の体育で、葉山に合宿に行った時の成績はBでした。

1988年、カルガリーで冬季オリンピックがあった時、私はバンクーバーから一人で日本語放送をしていたのですが、ウィンタースポーツのことが何もわからず、言葉に窮しました。 スポーツマンの日系建築家をスタジオに招いて、ようやく急場をしのぎました。

貴兄の今回の梅の木の話。 それにご母堂様の実家で醸造されているホワイトリカーの話。 春の香りが漂ってくるような話題なので、勝手ですが、ホームページとメールマガジン「カナダこのごろ」に掲載させてくださいませんか。 筆者名はSNでよろしいですか。

バンクーバーの入り江はそのまま天然の良港になっていて、大型船舶がいつも停泊しています。 それを背景に桜が見られるのですが、「七つボタンは桜に錨」と、予科錬の歌が耳の中で響いてきます。

Sunday, February 19, 2006

「春の訪れを感じるようになりました」(06-02-19)[n]
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お元気ですか 此方は三寒四温のお天気が続いています 今日はその雨の日になりました
未だ寒さが残っていますものの 日差しは大分強くなりました お天気と雨の日が繰り返しながら 本格的な春がやって来るのでしょう

猫の額ほどの庭に 梅の木が2本あります 一つは白梅 と言っても青色がかっているものですが それと
紅梅 これは枝垂れ梅です の2本です 

我家は1967年に建てた家で もう随分と古家になりましたが 植木も人間と同様に年を取りましたので 5年前に好きな梅を植えました 
今年は寒かったせいもあり 今も蕾の状態です 但し盆栽の方の梅は 今盛りで 白と桃色の綺麗な花を咲かしてくれています

ろくすっぽ手入れなどしないのですが 季節になるとキチンと咲くのには感心します 人間様より余程利巧です

近場では 小田原の曽我の梅林とか 熱海の上の梅林が有名ですが 行った事はありません
バンクーバーでは 梅の花は見られないでしょうね

12月から お酒を飲む機会が多く それが正月明けても続き 年の割には飲み過ぎました 

此方でも焼酎ブームで 大抵の人が 芋焼酎を飲むようになりました あの独特な臭いも 気にならなくなったようで 女性ですら好んで飲んでいるようです 焼酎が大衆人気を得たのも 鹿児島の本坊酒造の「さつま白波」の努力が大きかったと思います

実は 私の母の実家も 日南市(元油津町)の焼酎醸造元です 天保5年創業ですから 150年も続いています

「かんろ」という銘柄が主製品ですが「甕雫」なるブランドがヒットして 人気になっています

NHKの朝ドラで「わかば」という作品が 1昨年に 3ヶ月位放映されたのですが その中にこの実家が登場しました 今のご当主は私から言えば従弟になりますが塾員です

お酒も程々にしないといけませんね

俊一郎さんからメールが届きました 元気な様子です 逸志ちゃんが3月に上京する旨書かれていました

今年も秋の附属の同窓会には出席するつもりでいます 何時もメンバーが固定して 出て来る人が決まっているのですが 出来れば多くの友に会いたいものです 俊一郎さんにはその事を伝えました

辛島さんは一度だけ出席したのですが 中江さんとか弓削さん、転校して行った前原さん、瀬戸口さん 白澤さん、有馬さんなど会いたいものです

荷物の整理は大方終りましたか 後片付けは大変です ゆっくりして下さい

季節の変わり目です どうかお大事にお過ごし下さい お元気で

Wednesday, February 08, 2006

「此方も快晴です」(06-02-08)[n]
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立春を過ぎたものの 寒い日が続いています 寒いと言っても 最低気温が摂氏4、5度で 最高が10度前後です
日差しが心持ち強くなったようで 間もなく春が訪れる事でしょう

冬場は空気が澄んでいるので 我家の2階からも富士山が見えます 今年はどういう訳か 寒い割には富士山の積雪が少なく 話題になっていたのですが 流石に昨今は真っ白です

富士山と言えば 昔は頂上に測候所があり 交代で気象庁の係員が泊まり込んでいたのですが 去年から無人の測候所に変わりました 此処にも時代の変化が押し寄せています

お元気なご様子で何よりです 我々の年になると元気で居るというのが 何より大事な事です

昨日 後藤日郎さんから電話がありました それに依ると 今島袋盛弘さん宅に居て お酒を飲んでいると言うのです 後藤さんは神奈川県の大和市、島袋さんは東京の町田市ですから 距離的には近い
聞くと 後藤さんは呑み助で 週に何回か市内のスナックへ通っていたのですが その店が営業を止めた
行く先が無くなったので 島袋さん宅へ行ったのではないかと思いました
行き付けのスナックには 3回程伺ったのでした

3月には 上村逸志さんが上京して来るというので 又お呼びが掛かる事でしょう
 
此方ではこんな事が出来るのですが バンクーバーでは出来ませんね 可哀想です

卒業50年を記念して 入学式へのご招待が届いたそうですね 私は去年参加しました
約2000名の生存者がいるそうですが その内1000名出席しました 記念して塾へ寄付する慣例があり クラス単位で集めました 合計で1700万円集りましたが 我がクラスは上位4番目の好成績でした
でも募集には苦労しました
 
レベッカさんは素晴らしい方ですね 仰るように如何にも英国人らしい そのお話を聞いて思い出したのですが 新潮新書から 藤原正彦という方が「国家の品格」という本を出して居られます 新聞の書評を見て買ったのですが この方は 作家新田次郎さんの次男で 東大理学部出身の数学者、現在お茶ノ水大の教授をされています アメリカの大学で教鞭を取られ イギリスにも居たそうですが 現行のアメリカかぶれした日本の文明を嘆き 「情と形」を取り戻すべきと提言しています 未だ読了していないのですが 一見に値する本です ベストセラーになっている由聞きました 私は本人はもとより このような本がベストセラーになっている事に驚きました
矢張り憂って居る人が多いのですね

友達から誘われ 別府へ2泊3日で旅行して来ました この友人は 私が家内の介護で悶々としているのを見兼ねて誘ってくれたのでした 何十年ぶりの別府でしたが 街は熱海同様寂れて 昔の面影はありませんでした

でも日本一の湯量を誇り 至る所湯煙を上げている温泉には感心しました 地獄巡りや臼杵まで出掛けて 名物の関サバ、関アジ それにフグを存分に味わって来ました 偶には出掛ける事も必要なのでしょう
其方には温泉はあるのでしょうか

ゴルフは下手の横好きです キャリアは充分あるのですが 練習嫌いですから上手くなる筈がありません
でも緑の絨毯の上を歩くだけで満足です 貴兄も何か運動をされて下さい 3月から予定が入っています

それではお元気で 又。
「今日は珍しく好い天気でした」(06-02-08)[s]
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雨の都バンクーバーも、今日は珍しく青空がみえ、快晴となりました。 今年に入って初めての日本晴れ。 海岸には、犬を連れた人の群れがパレードのように続きます。

.こんな日にはゴルフがいいのでしょうが、貴兄は健康のためにゴルフをやっておられるとか。 「健康のために」という枕詞がつくところが、昭和一桁の特徴だそうですね。 私は、そのゴルフに、とうとう縁がありませんでした。

健康法といっても特になく、ビデオを見ながらラジオ体操をするのが、唯一の健康法です。 しかし身体がかたいので、腰もなかなか曲がらず、前にかがんでも、手の先は、せいぜい膝か脛止まり。 附属の宮本主事先生が、生徒と一緒に体操をされるのに、大柄な身体を不器用に曲げておられたのを思い出します。

鹿児島でゴルフの「ゴ」の字がチラホラするようになったのは、昭和20年代も大分後になってから。 伊敷の錬兵場で、クラブを振る人達の姿が見られるようになりました。 それから間もなく、吉野の丘の上にゴルフ場が出来、霧島から指宿まで、あっという間に増えました。

弟は、慶應でグリーンクラブに入っていましたが、スウィングの形だけはよくても、あまり上達しなかったようです。 戦前鴨池のコートで硬式テニスを楽しんでいた父も、ゴルフが渡来すると、ラケットをクラブに切り替え、病床で寝たきりになってからでも、吉野のコースの難所について話していました。

妻の父は、戦前からのゴルフ派で、年を取ってからも長いことシングルでした。 そして病い昂じて、自分でゴルフ場を設計し、浜松や日光にコースをこしらえました。 しかしコースの評判はよくても、借金経営では長持ちせず、自分の弟や台湾の投資家にテークオーバーされてしまい、寂しい最期でした。

私がまだ日本にいた頃、英国大使館の友人から、「BBCの日本語部長がゴルフのクラブを残していったのだが、誰か引き取ってくれる人を知らないか」と電話がかかってきました。 義父に話すと、「クラブは幾らあってもいいからね」と言い、受け取ったのですが、それが縁で、私のBBC行きにつながったのでした。 

そのレゲットさんも、ゴルフのハンディは限りなくゼロに近く、ピアノはコンサートピアニストの道を選ぼうかと迷った程。 柔道は欧州で最高の段位。 チェスはBBCのチャンピオン。 日本政府から勲三等が贈られました。

それでも彼の友人の中には、レゲットさんがBBCだということを知らない人も居たのには面白く思いました。 日本だったら、人柄よりも、能力よりも、勤め先のネームバリューの方がものを言うのにと思うのですが、間違っているでしょうか。 レゲットさんとは5年間の付き合いでしたが、その間、ピアノの話、柔道の話、ゴルフの話、いずれも一切話題に出なかったのは、いかにもイギリス的だと感じました。。

私は昭和31年の卒業ですが、今日、慶應から、卒後50周年の集まりの案内が届き、ビックリしました。 貴兄には去年招待が来たのではないでしょうか。 よく浮き草稼業の私の現住所を突き止めたものだと驚き、不思議に思っています。

今思い返すと、人柄のいい学生が多かったように思います。 このバンクーバーに、幼稚舎から大学まで一貫した慶應ボーイがいますが、私には彼のように「三田」とか「塾」とかいう言葉がスムースに出てきません。 いい学校だったけれども、こちらがいい学生ではなかったということですね。