Tuesday, October 24, 2006

貴重な読み物ありがとうございました (2006/10/24)[s]
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沢山の刊行物の入った小包、かたじけなく拝受しました。 中は、神田兄執筆の特殊潜航艇に関する叙述をはじめ、湘南物語、ふるさと鹿児島の便りをふんだんに集めた情報誌など、有難いことです。 折りしも、注文してあった、度の強い老眼鏡が、明日出来る予定なので、楽しみが増えました。 厚く御礼もうしあげます。

貴兄が富山で生まれ、鹿児島は少年時代を過ごし、その後宮崎、東京、関西で、勉学と活動を続けられたにもかかわらず、鹿児島を代表する外交使節を委嘱されたのは、やはり独自のお人柄と類稀な能力を見込んでのお願いだったのでしょう。 

私は、二中と甲南高校に、合わせて7年いたのですが、残念ながら、記憶も色褪せてしまいました。 鹿児島には現在親戚もなく、両親の墓はバンクーバーに移して、芝生の墓地の銅版の下に眠っています。 墓参に帰省するという口実もなくなりました。 北元、上村のご両人と、年に一回ほど、声を交わすのみです。

秋も深まって、すっかり落ち葉の街路となりました。 私は街中に住んでいますが、歩道にも落ち葉が重なり、くるぶしをくすぐります。 カナダの代表的な樹木は楓ですが、モントリオールのような寒さの厳しい所の紅葉は色が鮮やかです。 バンクーバーのもみじは黄色です。 私も今年からアパートに住んでいるので、自分で落ち葉掻きをすることはなくなり、色を楽しめば良いだけの立場となりました。

貴兄のお宅も、古い庭があるので、四季の移り変わりを、手触りで楽しめることでしょう。 しかし、年中植木屋を入れたり、持てる者の責任もそれ相応にあるのでしょうね。

今週末で、夏時間から標準時間にかわります。 時計の針を1時間進めるのだったか、遅らすのだったか、毎年毎年ひねるのは、私だけではないようです。 しかしその日だけ、1時間長く寝ることができるので、学生にとっては宿題に追いつく有難いひと時です。

季節の変わり目ですが、どうかお大事に。 (06/10/24)

Sunday, October 22, 2006

同窓会のお便りに感謝 (2006/10/22)[s]
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鹿児島に旧友を訪ねた時のお便り、有難く拝誦しました。 「ぶらり散歩」の心の旅路、収穫も大きかったとうかがい、羨ましく思います。

私も来年参加できればいいのですが、盲の身では、空の旅もままなりませんので、どうなりますか。

それでも、附属4人組の集いは、60年昔に戻って、気勢が上がったようですね。

後藤兄から、貴兄滞在のホテルの電話番号を教えてもらったのでダイヤルしたのですが、お部屋に居られなかったようで、残念でした。 いずれまたの機会に鵠沼にでも。

今日はひと言だけ、お便りのお礼のみで失礼します。 今度は、もう少し長めのメールを差し上げたいと思います。 (06/10/22)

Saturday, October 21, 2006

男子附属の同窓会に出席しました (2006/10/21)[n]
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14日に行なわれた男師附属の同窓会に 後藤日郎さん、北元俊一郎さん、上村逸志さんと出席して来ました
同期の諸兄の内 吉牟田直さん、横小路昇さん、奥田(成友)満洲男さんは 直前に欠席となり 少々寂しい同窓会でした 今年は昭和18年卒業生が当番幹事でしたから 来年は私共が当番になり 案内から 会の運営進行に当たらなければなりません

毎年出席者は固定化して来ていますが どうして生存者を出席させるかが これからの課題となります 鹿児島側では北元さんが中心となり 東京側は後藤さんを中心として皆さんに働き掛ける必要を感じて帰って来ました

鹿児島では 毎夜4人で焼酎を飲みました 皆さんの元気なのには恐れ入った次第でした 特に後藤さんは元気印で あのエネルギッシュな動きに 北元、上村両兄とも驚いていました

3泊4日の小旅行でしたが 私にとっては収穫の多い旅でした この処病人を抱えていたものですから 終わったらトンボ帰りをしていたのですが もうその必要が無くなりましたので ゆっくりと想い出の場所を歩き回りました

男師附属の跡地、住んでいた武町、上荒田町、郡元町、大詔奉戴日の都度参詣した建部神社、城山、桜島の袴越、天保山、西本願寺鹿児島別院、照国神社、山形屋等々です

天文館の貴兄のアキ洋裁店の跡は 多分鹿児島銀行の支店になっているのではないでしょうか 見て来ました

何れの場所も想い出が詰まっている所で 思わず涙を催す場面もありましたが 鹿児島市自体は景気の回復のせいでしょうか 活気がありました 

九州新幹線は 今鹿児島から八代までの部分開通ですが この恩恵もあるようです  後5年すると博多~鹿児島間が全線開通するようで そうなると鹿児島への旅客者は増える事が予想されます  地方都市としては大都会の部類に入るでしょう

今週は銀座のライオン別室で大学のクラス会をいたしました 先日お知らせしたバンクーバーの橘田さんが
帰国したので 急遽集りました 10名でしたが お互いに健康である事を喜びながら 2時間半楽しみました
その際貴兄の住所その他メモを彼に渡しました メールでお話のあった斉藤さんでしたか 彼と同じ所に住んでいるとの事でして 良く知っている旨話していました 

鹿児島では 北元さんから 貴兄がお元気な内に 一度皆でバンクーバーに行こうかとの話も出ました 実現すると宜しいのですが 

吉牟田さんから帰宅したら お手紙を戴きました それに依ると腎臓を悪くして透析を行なっていると書いてありました あの吉牟田さんがと驚いた次第です

今日は これから多摩センターなる所へ出掛けます 友達が合唱会に入っていて 発表会があるので 聞きに来いと言われたのです 

幸いこの処好天気が続いて秋を満喫しています  お元気でお過ごし下さい。

(06/10/21)

Saturday, October 07, 2006

私も中秋の名月を見そこないました(2006/10/07)[S]
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いよいよ鹿児島ですか。 薩摩大使をされている以上、時々故郷の実態を確かめることも大事でしょうね。

みなさんによろしくお伝えください。 誰か私のことを覚えている人がいたら、「あいつもなんとかまだ生きているようだ」とでもおっしゃっていただければ幸いです。

橘田さんは、住所から拝察すると、バンクーバーの一等地の高級アパートにお住いのようですね。 ペニーファージングには親しい友人がいて、多分橘田さんの同じビルディングだろうと思います。 番地が違うので、玄関が別なのかもしれません。 この友人、坂倉一郎さんといいますが、鎌倉の育ちで、幼稚舎から政治科を出て(昭和33年頃か?)三菱商事のカイロ駐在に。 アラビア語に堪能で、私も1962年、カイロで世話になりました。 三菱を辞めてからも、中東の専門家として、バンクーバー、東京、パリの三極を根城に活躍しています。

橘田さんは、坂倉さんを既にご存知ではないかと思います。 私は、東京時代、三菱化成におられたお父さんに親しくご指導を受けました。 三田の水泳部の長老で、最近百歳近い天寿を鎌倉でまっとうされました。 

私の住所は、ご存知の通り、Apt.305, 1122 Gilford Street, Vancouver, V3G 2P5 です。 電話は
604-730-1342 です。 出歩いて留守にしていることが多いので、もし留守番電話にメッセージを残しておいていただければ有難く存じます。 E-mail (shigematsuakira@hotmail.com) の方がコンタクトも確実です。

脇道にそれますが、海外にいる日本人の中には、同胞を敬遠する向きもあるようです。 私の経験からしても、よそで東洋人をみかけることがあっても、目をそらすのは大抵日本人。 中国人や東南アジアの人なら懐かしそうに手をさしのべてくれます。

その話をイギリスの外交官にしたら、笑い出しました。 「ザッツ ベリー ブリティッシュ」だと言うのです。 オックスフォードで顔見知り程度の間柄の2人が、香港の雑踏の中で、お互い見かけたそうです。 1人は本能的に路地に入り、相手も同じ様に反対側の路地に隠れたというのです。 

ラテンアメリカの人達は海外で同じ南米の人に出会うと声をあげて喜ぶそうですね。

ではよい旅を! (06/10/07)

Friday, October 06, 2006

秋の長雨が続いています (2006'10'04)[n]
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関東や東海地方の太平洋岸だけだそうですけれども雨ばかり降り続いています
秋と言うと仲秋の名月と連想するのですが この処そんな趣は全くありません

伊豆の慶応病院の分院をご存知でしたか 伊豆の月ヶ瀬にありました 温泉付きの療養型病院で有名でした あそこに在るとは聞いていましたが行った事はありません 確か修善寺から下田に抜ける道にありましたね
有名な天城越えの天城隧道は月ヶ瀬の先ではないでしょうか 貴兄が入院されたとは知りませんでした
私が三越当時 付き合った慶応病院の副院長(この方は塾の財務理事をされた山口さんの次男ですが)からこの分院は赤字で再建に苦労しているとの話を聞かされた記憶があります

カナダでは温泉文化は無いのでしょうか 私の楽しみの一つに温泉があります あの広い大浴場が好きなのです 今回も一泊でしたのに3回も入りました 続編があります 一緒に行った友がもう1回行きたいと言い出し11月に今度は伊豆の一碧湖に近い所の温泉場に5名で行く事になりました 又も幹事役です

愈々来週は鹿児島行きです 北元俊一郎さんからも日程を知らせるようにメールが入り打ち返しました
同窓会もそうですが昔の友に会えるのが一番の楽しみです 終わったらご報告します

何時かお伝えしたかと思うのですが 大学時代の同級生がバンクーバーに居住して居ます 10月一杯帰国し滞在しているので会いたいと連絡があり19日に銀座7丁目のライオンビヤホールでクラス会を開催する事にいたしました これも幹事役です 幸いサッポロビールの副社長をした男が級友です 彼は偶々藤沢に住んでいて飲み友達なのですが何時も彼に会場を世話して貰っています 新築した交詢社も宜しいのですが ネクタイ着用だものですからつい敬遠してしまいます 彼にも宜しかったら貴方の住所を教えたいと思うのですがどうでしょうか 念のため彼の住所をお教えいたします

橘田 宣夫
501-1490 Pennyfarthing Drive,Vancouver,B.C. Canada V6J4Z3
電話:604-734-7632

です 彼は東急電鉄に入り五島昇さんの下でハワイ、ロスアンジェルスでホテルの建設運営に当たりバンクーバーに永住すると決めたようです

今日はこの辺りで失礼します お元気で (06/10/04)

Wednesday, October 04, 2006

伊豆の温泉病院 (2006/10/04)[s]
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伊豆への旅行談、私も楽しく拝読しました。 私は伊豆にはあまり土地勘がないのですが、日本から「ぶらり途中下車の旅」というテレビ番組を送ってもらうので、その中に箱根から東海道、伊豆の方まで、タレントの旅人が案内してくれる旅も時々あり、少しは伊豆の海岸にも馴染むことができます。

伊豆の修善寺からバスで暫く行った所に、昔慶應病院の分院がありました。 川の中の古い温泉宿で、そこに一夏1週間ばかり入院して居たことがあります。 20才ぐらいの頃だったのですが、そこは痔の専門でした。 修善寺の駅からバスに乗った乗客の殆んどが、その温泉宿の停留所に着くと、皆降りるので、ちょっと驚きました。 みんな同じ手術を受ける人達でした。 

私は子供の頃から痔で悩んでいたので、慶應病院でこの温泉分院のことを聞き、早速夏休みを利用して出かけました。 院長先生は、患者をまとめてバッタバッタと次々に切っていくのですが、その後温泉に入ると実に心地よいのです。 傷口も直ぐ回復。 おまけに浴場は混浴で、男性が殆んどでしたが、時々若い女性の豊かな胸も拝むことが出来る。 慶應の先生が「日本一」と自慢されるだけあって、手術をしてから55年間、お尻に関する限り苦労知らずで過ごしています。

しかし残念なことに、そのバス停から狭い橋を渡って行く川中島の分院、台風で流されてしまったそうです。 川端康成の一篇を彷彿させる風情のある古宿だったのですが。 九州大学にも温泉医学研究所があるようですが、温泉が楽しめるのは、日本とアイスランドぐらいでしょうか。 カナダも、バンフに大きな露天風呂がありますが、雪に囲まれ、ロッキーの山を眺めながら温泉に浸かるのも一興です。 しかし湯の町エレジーの情緒にはまったくありません。 温泉に関する限り、カナダは未開国です。 開発の余地はあると思うのですが。

どうかお元気で。     (06/10/04)