Thursday, March 29, 2007

寄せ書き有難うございました (2007/03/29)[s]
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また大きな小包を拝受しました。 そして、寄せ書きと写真を懐かしく、嬉しく拝見したところです。 寄せ書きは、貴兄の発案でしょうが、皆さんからのメッセージをいただき、かたじけないことです。

雑誌もありがたく頂戴しました。 先日の銀座百点も、昔にくらべて少し分厚くなったように思いますが、外出の際ルックサックに忍ばせて、少しずつ銀座の香りを楽しんでいます。

カナダから日本に送るものは殆どありません。 お土産店に並べてあるのは殆どがメードインチャイナ。 チョコレートなら万国共通のはずですが、これまた原産地をみると、ベルギーとかスイス。 一つだけカナダ産があったので手にとってみたら、鮭の燻製。 そこで小さな包みを一つ、送っておきました。 封をあけなければ2~3年はもつというので、船便で送りました。 天災とカナダからの船便は忘れた頃にやってくると思います。

春になり、桜のトンネルが続いています。 まだ結構寒いのですが、開花は日本より早いようですね。
(07/03/29)

Thursday, March 15, 2007

こちらにも春がやってきました (2007/03/15)[s]
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メールをいただきありがとうございました。 お便りを拝見していると、故国の春の訪れが身近に感じられます。

3月9日の同窓会の模様を教えていただき、にぎやかなざわめきが伝わってくるようでした。 前に新宿で皆さんにお会いしたのは16年前になりますが、この年になると、10年20年はアッという間ですね。 顔ぶれは前回とあまり変わらないようなので、談論風発、雰囲気が想像できます。 メッセージを託されたとのこと、皆さんにまだ覚えていていただけるとは、かたじけないことです。

宮崎交通が不振とは驚きました。 岩切さんという名経営者が去ると、企業にも斜陽の影がさすようになるのですね。 しかしお友達と宮崎路までゴルフ行脚ですか。 それはよかったですね。 そして今度は上海ですか。 前に送っていただいた「鹿児島ナウ」をみると、鹿児島上海間の飛行時間は鹿児島東京より短いと記されてあったので驚きました。 東京上海間はもっと遠いのでしょうね。

私は、白い杖をつく身なので、旅行はできませんが、バンクーバーの桜をエンジョイしています。 

それにしてもリタイア暮らし、結構忙しいものですね。 私の「カナダこのごろ」も、私自身が一向に書けないし、いささかくたびれてきたので、ボツボツこれも引退しようかと考えているのですが、投稿が毎日のようにメールでくるので、今のところそれに追われて、予定がたちません。

メールマガジンもホームページもこの際やめて、60年ぶりに鍵盤に触ってみようかと、楽譜を譜面台に置いてみたのですが、ページは開かれたまま埃をかぶっています。 指も多分動かないでしょう。

これからは陽気もよくなるので、陽光にきらめく春の海が楽しみです。

どうかお元気で。 (07/03/15)
春めいてまいりました(2007/03/14)[n]
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3月も今日で半ばとなりました 2月は暖かい日が続きましたが3月に入り寒さがぶり返して来ました
三寒四温とは旨く言ったもので交互にやってきています
お変わりなくお過ごしの事でしょう 私もお陰様で元気にしています 内地ではそろそろ桜の開花が話題になってきましたが 今年は暖冬のせいもあり例年より1週間は早まりそうです 唯気紛れなこの処の陽気で測候所も開花予想を度々変更しています 恒例の三越鵠沼会のお花見会も当初3月23日を予定していたのでしたが 遅くなりそうだとの予報が出たため30日に急遽変更となりました この会ほど日にちの設定が難しく幹事の悩みの種となっているようです 尤も花見より飲み会を皆さん期待しているのが本音です

去る3月9日新宿小田急百貨店14階の「なだ万」で鹿児島から北元俊一郎、上村逸志君を迎えて男師附属の同窓会が行なわれました 出席者は二人の他に後藤、島袋、神田、田島(下野)、萩原(尾上)と私合計8名でした 川池君が直前に体調不良で欠席したのですが杉本、北元正昭、両名は連絡取れずと言う事でした 武智君も居るのですが居所不明です 懐古談義に花が咲きましたが今年秋の男師附属の全体の同窓会は私共昭和19年卒が当番になっていますのでその役割分担も話題となりました その席で皆に貴兄宛のメッセージを書いて貰いましたので 次回雑誌と一緒に送ります テープも用意し席の雑談を録音したのでしたが 一度聞いた上で良く入っているようでしたら送りますが少々自信がありません 楽しい会でした
貴兄にも加わって欲しいなと思った次第です

3月初めに宮崎に帰って来ました 三越時代の友人と2人でのゴルフを主とした旅行だったのです
スコアは何時もの通り百獣の王でしたが 寒の戻りで寒く調子が狂いました 宮崎も唯一の地元企業だった宮崎交通が民事再生法の適用を受けて再建中、一方鳴り物入りでオープンしたシーガイヤも倒産し外資系のファンドに経営権が移りましたが尚模索中と元気がありません 従って街全体に活気が無く死んだような街になっています 鹿児島は新幹線の部分開通が幸いして明るくなっています 九州新幹線が全線開通するのが後2~3年ですが恐らく更に活況を呈する事になるのではないでしょうか 山形屋の品揃えを見ても大都市の百貨店と変わりません

4月の初旬に上海に行こうと計画しています 近所の知り合いから誘われたのですが北京、天津と香港には行った事があるのですが 発展著しい上海は無く今の内に行って見たいと思ったからです 個人的な感情から言うと中国と言う国は好きではありませんが

お身体の具合は如何ですが どうか大事にしてお過ごし下さい お元気で (07/03/14)

Tuesday, March 06, 2007

届きました。有難うございました。(2007/03/06) [s]
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大きな袋の小包が届きました。 厚く御礼申し上げます。
 
大型の雑誌の方はこれからですが、銀座百点は早速拝見。 50年前のサイズとまったく同じで、それ自体も嬉しいのですが、老舗の名前が昔ながらの響きで健在なのには半ば驚きです。 執筆者や登場人物の名前はほとんど知りませんが、それは世代の交代。 しかしお店はかたく伝統を守っているのでしょう。 戦災も大震災の試練にも生き延びて21世紀にも繁栄しているとは驚異です。

今は2007年ですから、半世紀前ということになりますが、それも1957年。 まぶたに浮かぶのはあの頃の銀座通りや迷路めいた細い裏道です。 しかし街には昔から品格がありました。 銀座7丁目で1年ほど働いてから渋谷に移ったのですが、晴海に住んでいたので、4丁目の角で、服部の時計台を仰いでから、地下鉄にもぐりこむ毎朝でした。

瀟洒な雑誌を手にしながら、心から懐かしんでいます。

いよいよ男子付属国民学校の第一期生の集まりですね。 卒業証書第一号の赤塚君は会に出席するでしょうか。 盛会を祈ります。 (07/03/06)