Monday, August 14, 2006

「8月も半ばとなりました」(2006/08/14)[s]
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今日は、終戦記念日。 カナダでは、太平洋戦争の終結よりも、ヒロシマ、ナガサキの悲劇の方が大きく取り上げられ、テレビなどでも長時間のドキュメンタリーを組んで、原爆の悲惨を訴えています。 

終戦の日、私は四国の田舎にいましたが、晴れ上がった空をみて、「もう艦載機に撃たれることもない」とホッとしたのを思い出します。 昭和20年は長い1年でした。 父は老兵の二等卒として招集され北支へ渡ったまま消息知れず。6月には鹿児島も空襲で全滅。 私達一家は父の実家を頼って、四国へ。 そして戦争が終わって再び鹿児島へ。 広島を夜中に無蓋貨車で通過した後、身体に変調をきたしたのは原爆のせいだったのかな? 鹿児島に戻っても身を寄せる所はなし、トラックの荷台に乗せてもらって、伊佐郡の山野へ。 そこに母の親戚が疎開していたのですが、そこで最も寒い冬を越しました。 そして大口に移って父の復員を待ちました。 繰り返しますが、長い一年でした。

それに比べ、退職後の10年はあっという間でした。 幸い安穏に暮らしていますが、故郷は遠くなるばかり。 空の旅の難しさをニュースで聴くと、もう桜島の噴煙を仰ぐ機会もないかもしれないと思うようになりました。

ところで、中内理事長とのお話し会いはいかがでした。 また神戸に戻って智恵と力を貸してくれという要請だったのかなと思いをめぐらします。 永谷さんも、経済学者としては一流でしょうが、学長を任期中途で辞められたところをみると、理事長との間に性格の相違があったのかもしれませんね。

私は日本の事情にすっかり浦島太郎になってしまいました。 ここでも日本のテレビはみられ、高い金を出せば日本の新聞も配達してもらえるのですが、何しろ目が悪いので、それを口実に、誘いに耳を傾けず、貝のように蓋を閉じたまま、無知無情の日々を過ごしています。

どうかお元気で。  (06/08/14)

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