Wednesday, September 02, 2009

秋の気配となりました‏
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2009年9月2日 (n)

漸く秋の気配が漂うようになりました 8月31日(月)に台風11号が房総沖を通過しました 幸い小型で風速30m/秒、直撃を免れました 去ってから一時暑さがぶり返しましたが大分涼しくなりました

仰せの通り政局が動きました 民主党が大躍進し衆議院で308議席確保、自民党は119議席で予想通りの結果に終わりました 鳩山内閣が誕生します マスコミ報道に依ると民主党支持と云うより自民党を降ろしたいとの民意の反映と評しています
選挙に当たり公約として大盤振る舞いの政策を示したのですがいざ政権を取って実施段階になると果たして出来るか甚だ疑問です
財政的に裏付けの無い公約なんて意味が無い 無駄を徹底して省くとか特別会計の埋蔵金を使うとかでは余りに非現実的過ぎる 抽象的過ぎるように思うのです
一番気になるのは日本国を将来この様にするのだと云う「絵」が見えない事です
会社でも先ず会社の存在意識、理念を明確にし将来図を描く 所謂イメージですがそれを政策化し更に実行段階に落として行く、即ち政策を戦術化して行く作業をするのですが 民主党にはそれがない 尤も自民党でもそうですが此方の方が未だマシです 子供の養育費とか高速道路の無料化とか先々のチマチマした事しか言わない 岡田幹事長が藤沢に来た時でも目先の事しか言わなかった 国民は将来どんな姿になるかを心配しているのですが これでは先が案じられます

選挙で日本中が振り回されました ラジオ、テレビそして新聞など選挙一色でした 確かに大事な選挙ではありましたが異常でした テンション民族の面目躍如でした
醒めた目で見る癖があるのですが秋になったら秋を楽しむと言う静かな生活を私は望みます

涼しくなったのでウォーキング再開です この処毎日10,000歩あるいています 歩く時間は自由時間です 頭のリフレッシュにもなります 貴兄には無理ですね
秋は春と違って花が少ないのは残念です

どうかお元気でお過ごし下さい 又

野村 昌

Tuesday, September 01, 2009

9月になりました 09/09/01(s)
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朝ラジオを入れると、バリトンの歌声で「セッテンバーソング」が流れてきました。 ジョセフコットンとジョーンフォンテンの映画を鹿児島の映画館で見たのは1950年頃だったでしょうか。 あの頃の鹿児島は外に娯楽もなく、中学高校生には銀幕に映し出される海外のロマンスが印象的でした。

8月も終り、日が短くなってきました。 日本では驚天動地の政治改革が起こったようですが、インターネットの見出しにだけ頼っている私は、その劇的な動きを見逃してしまいました。

その頃こちらのメディアは、テッドケネディの死去で持ちきりでした。 そしてしきりに「77歳の生涯」を強調する声が耳につきました。 私も同じ時代を生きてきたわけですが、「一つの時代が終わった」と繰り返されると、私もその一端で呼吸してきた者として微妙な気持です。

お元気で、爽やかな秋の風を浴びてください。

Saturday, August 29, 2009

未だ残暑が続いています
Aug 22 (N)

相変らず厳しい残暑が続きます 此方の夏は湿気が多い 従って蒸し暑さが苦しめます 人間は都合がいいもので暑い時には早く涼しくならないかとそれだけを願っています

お変わりなくお元気なご様子で何よりです 私もどうやら血圧の効く薬が見付かったようでこの処安定しています

末っ子の息子さんがバンクーバーに帰って来られたそうで又賑やかになりますね
でも孫は可愛いのですが相手をするとかなり疲れます 我家は月に2回位の頻度でやって来るのですが偶の相手でも帰るとぐったりします 上が小学校5年生ですがそろそろ中学受験をどうするか親達は悩んでいます 東京は中学受験が一番大変らしい 塾にも通っています

映画と云えば鵠沼に元松竹の撮影監督をした川又 昂さんなる有名人が居ます
彼は83歳で野村芳太郎、小津安二郎さんの映画に携わってと聞いています
彼を囲んで月に一度主として松竹の昔の映画を掛ける会合があり出席しています 最近は松本清張の作品が多いのですが 終わってから川又さんを囲んで映画の雑談をするのですがこれが楽しい 松竹と云えば大島渚監督も鵠沼に住んでいますが脳梗塞を患い車椅子の生活です 以前散歩の途中で彼の家の前を通りましたらデイサービスに出掛ける時でしたが昔日の勇ましい姿ではありませんでした 小山明子さんは種々の集りに出て来ています 彼女も看病疲れから鬱病に掛かったと聞きました 映画はいいものですね 藤沢三田会で映画を見る会があり時々行きますが最近になり映画の面白さが分かって来ました

季節の変わり目です どうかお大事にお過ごし下さい
お元気で
残暑お見舞い申し上げます (09・08・21)
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残暑お見舞い申し上げます。 地方のお盆の時季も終り、高速道路の帰省ラッシュも潮が引いたように静かになったでしょうか。

8月に入って、末っ子の哲郎が、3年余りのロスアンゼルスでの浪人生活に一応区切りを付けて、バンクーバーのBC大学に入る為戻ってきました。

哲郎は38歳になりますが、映画制作の夢をやっと諦めて、カナダの大学で修士号をとることに踏み切ったものです。 これで、我が家で修士もとれなかったのは親父の私一人となりました。 私も商売を切り上げてBBCにもぐりこんだのは37歳の時でしたから、息子の放浪生活には意見申し入れる資格はありません。

大学院に入ると、家族持ちにはアパートが与えられます。 2寝室ですから、4人家族には十分です。 森の中を切り開いた海に近い近代的な団地ですが、そこに住んでいる人達を見て驚きました。 白人が殆ど居ないのです。 東南アジアかアラブの大学のキャンパスにでも入りこんだような気がしました。 

そういえば、最近は大学に残る白人の卒業生が減って、大学の方でもやむを得ず留学生上がりの研究員を教壇に立たせ、授業を受ける学生の方でも英語が聴き取り難くて難儀するというケースがあるように聞きました。

息子は「クリエーティブライティング」というコースを取るようですが、私の知っている限り、クリエーティブライティングを勉強して文壇に躍り出たのはイギリスの作家イシグロカズオだけです。 私も大学では東洋史というツブシのきかないくすんだコースを取って、末は教師か博物館の学芸員でもと夢想したこともあったのですが、37歳にして漸く機械と数字から離れてアイディアと言葉の仕事にありつきました。 東洋史の同級生は4人でしたが、私を除いて、全員中小企業の社長になっています。 

私どもも、今まではバンクーバーに居る孫は13ヶ月の男の子だけでしたが、これからは6歳の童女と2歳の男児が加わって、「来て嬉し帰って嬉し孫の顔」のドタバタ喜劇を展開しています。

どうかくれぐれもお大事に。

Wednesday, July 29, 2009

花火の季節となりました  (2009/07/29)[n]
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連日蒸し暑い日が続いています 梅雨明けはしたのですが戻り梅雨と言うのでしょうか雨の日が多く従って蒸す毎日です
北九州と山口は集中豪雨で死者が出ています 土砂に押し潰された家の方は
後始末が大変でしょうね ご苦労が察しられます

今週末から8月の初旬に掛けて花火のシーズンです 当地でも鎌倉、江ノ島、茅ヶ崎と日日を少しずらして花火大会が催されます 江ノ島は8月4日ですが今年は不況のせいか仕掛け花火のスポンサーが少なくて主催者は困っているようです
でも此方の花火は手が込んでいて見事です 大分前ですがパリの郊外で三越主催の花火大会を開催したことがありました その華やかさにはパリっ子も驚いていましたが馴染まなくて1、2回で中止しました 雨に祟られると困りますね

明日から1泊2日で諏訪までゴルフに行きます 慶応の後輩連中の会合で毎年この時期に開催です 早朝出て相模湖から中央高速に乗りますが4時間位の道中になります 雨が心配されますがどうなりますやら 成績には期待していません

暑さ厳しき折どうかお大事に お元気で

Tuesday, July 28, 2009

雨の花火 (2009/07/28)[s]

7月も終りに近付き、バンクーバーでも30度を越える炎暑が続いています。

そして夏は花火の季節。 中都市バンクーバーの花火は隅田川や多摩川の規模には及びませんが、7月1日の「カナダデー」、そして7月下旬になると2週間、水、土、水、土と4回夜空が華やかな光と音で彩られます。 

7月は快晴の続く時季ですから、普通お天気を心配することは無いのですが、「もし雨が降ったらどうするのだろう」と気になります。 

この前の土曜日は、日中から日没まで快晴。 30万の人達が、毛布やゴザを持って、昼間から海辺に集まりました。 すると日が暮れてから、一天俄かにかき曇り、稲妻が走ります。 そして相当激しい雨が降ってきました。 昼間から砂浜に陣取っていた子供づれの人達には不運な夏祭りとなりました。

その晩の主催国は南アフリカでしたが、いつもなら打ち上げ開始の30分前、15分前に「ドカン」と前触れの轟音が響くのですが、その夜は沈黙のまま。

雨降りしきる中で迎えた定刻の午後10時になって、「テン、ナイン、・・・スリー、ツー、ワン」の掛け声も「ゼロ」になっても静寂のまま。 しかし数秒して「ドン」と最初の一発が打ちあげられました。

タイミングにずれがあったのは、濡れた花火にうまく点火しなかったのか、それとも南アフリカののんびりしたお国柄のせいなのか、よく分かりませんが、ともかく稲光の走る夜空に無事最初の数発が上がりました。 雨の中でも「ショーマストゴーオン」と敢行することがわかりました。

しかし明るい夕方からこの瞬間を待っていた市民の中には、花火の饗宴を背に、ずぶ濡れのまま帰り始めた人達もかなりいました。 お気の毒でした。

会場のまん前にたまたま住む私達は、始まってから傘をさして出掛けたのですが、やはり轟音だけ満喫して、途中で帰ってきました。

明日は「チャイナ」の夜。 中国はいつも迫力ある演出で楽しませてくれるので、市民の期待も大きいのですが、まさか再び雨に見舞われることはないでしょう。

アパートから一歩出れば、そこが打ち上げ場なのですから、私もまた懐中電灯を持って明日の夜も出かけることでしょう。 ただ、去年、一昨年に較べて、巨大な花火の傘が、今年は滲んでみえるのが寂しいことです。 しかしお腹に響くだけでなく肩の震えも感じるような快音だけはまだ夏のイベントとして楽しめます。

どうか暑い夏をお元気で乗り越えてください。

Tuesday, July 21, 2009

夏の思い出 (2009/07/21)[s]

故国の夏を思い出すお便り、懐かしく拝見しました。 アラスカの隣の州に住んでいる現在、鹿児島の燃える様な炎暑を思い出しては、昔は我々もタフだったのだなと思います。 昔天文館の裏通りに、冬は焼き芋、夏はアイスキャンデーを売っている店があって、紙袋にいっぱいアイスキャンデーを買ってきては、我が家のお店の人達と一時の涼を求めたものです。 あれは昭和15年頃だったでしょうか。 シナ事変の頃ですが、日本はまだ平和でした。 その頃のことははっきり覚えているのですが、戦後そのアイスキャンデー屋がどんな店に変わったのか思い出せません。

遠い昔のことは憶えていても、比較的近い過去のことは記憶から消えるのはよく有り勝ちなことのようですが、最近は、人の名前もノドまで出掛かってきながら口に出てこなくなりました。 

この前も、年齢が30以上違う若い友人に「いよいよ痴呆症の始まりかな?」とぼやいたら、心配そうな表情をしていました。 世界中を飛び回っている40代の国際マネジメントコンサルタントには年寄りのたわ言もジョークとして一瞬受け取られ難かったのかもしれません。 この人は、私に教会で話し掛けてくれる例外的存在です。

普通こちらの教会でもお年寄りが圧倒的に多いのですが、うちの教会では、1500人の参会者のうち、私と同年代の男性は3人しかいません。 1人はPhDの元教育家で、朝7時から教会にやってきて礼拝の準備に大奮闘。 もう1人は長年製材所で働いてきた、カナダ人特有のゴツイ手をした働き者。 最後の1人は大学で哲学を専攻して外交官に転進した元大使。 東京や北京にも在勤したことがあるアジア通ですが、私が数少ない同年輩の日本人ということでよく声をかけてくれます。 しかし皆さん耳が遠いので、私もブロークンイングリッシュの声を張り上げることになります。 80代以上のご婦人はもっと大勢います。 

私にとって、日曜日は元気の無くなる日。 74歳の妻は、日曜日が最も楽しみと、1000人の会衆に珈琲やクッキーをサービスしたり、多数の人達の話し相手になっているのですが、私はますます退嬰的になって世捨て人の境遇をかこっています。 今はひたすら8月に再開する鍼の治療が私の目を開眼してくれることを願っているところです。

どうかお元気で湘南の爽やかな夏をお楽しみください。

Monday, July 20, 2009

暑さが堪えます‏
2009/7月19日

梅雨が7月10日過ぎに明けましたが未だハッキリしないお天気です
南九州に続き関東甲信地方が明けたのですが 北九州から中国、近畿、中部、東海、北陸、東北は未だ明けていません 前年より10日此方は早いと言っていっています 今度は水の心配ですが幸い今年は雨が多かったようで大丈夫だろうといっています

この季節になると高校野球です 沖縄は既に出場校が決まりましたが神奈川県も今酣です 色々なドラマがあり選手にとっては青春の貴重な思い出になることでしょう 若いというのは良い事ですね 羨ましい限りです

18日(土)から3連休が始まりました 今日20日は「海の日」です 何だかとってつけたような祝日ですが お蔭で湘南地方は大混雑です 8月一杯は混雑が続きます

鹿児島の奄美大島の西北にある悪石島で今週皆既日食が見られるそうで人口2~300人の島に1000名近い観察者が訪れるとか大騒ぎになっています そう云えば附属時代にも日食を見るのにガラスを曇らせて見た記憶があります 夏休みに
学校で大久保先生に理科で鉱石ラジオ作ったのですが丁寧に教えて貰ったのを覚えています 確か磁石を作るのに鉄棒にコイルを巻きつける作業でした ドリルで穴をあけるのに熱くて手を放すと我慢しなさいと勇気付けて下さいました お顔の長い先生でしたがもう他界されて居られるでしょう 子供の頃の記憶で鮮明に残っている事がありますね

どうかお身体を大事にお過ごし下さい お元気で