Sunday, November 13, 2005

移民の家族はグローバルです(05-11-03)[s]

11月になると、バンクーバーは、毎日雨です。 我々が明治節と言っていた頃は、いつも日本晴れだったように思いますが、、親父や祖父の年代の人には天長節。 戦後は、文化の日となり、菊薫るという明治以来の雰囲気が遠ざかってしまいました。

鵠沼の晩秋、初冬は、すがすがしいことでしょうね。 出来れば一番良いのは、夏をバンクーバーで過ごし、冬は日本でお正月を祝うことです。 

うちの長男は、大塚さんの娘と4年前に結婚したのですが、早基子さんは東京、謙はバンクーバーに住んでいたので、デートは出来ず、Eメールで求婚をたような次第でした。 早基子さんは、上智を出て、ニューズウィークの東京支局で働いていたのですが、そのかたわら町田や三軒茶屋のホライズンチャペルで手伝いをしていました。 謙の友達で、早基子さんの友達でもある人の紹介で、知り合いました。

謙は、バンクーバーのプロテスタント教会の牧師。 子供の頃は手のつけようのない悪童でしたが、14才の時クリスチャンになり、シカゴの近くのホイートン大学を卒業。 東京のソニーで暫く英語を教え、ボストン近郊のゴードンコンウェル神学大学院に学んで、牧界に入りました。 大塚さんはどうか知りませんが、お母さんとお姉さんはクリスチャンという家庭です。 

そういうわけで、今は早基子さんも、牧師の専業主婦。 子供はまだ出来ませんが、千人の教会の主任牧師の妻ですから、忙しそうです。 我が家から車で15分ばかりの所に住んでいます。 バンクーバーはイーストとウェストに分かれていて、イーストは庶民の町、ウェストは中流ということになっていて、丁度その境目の所に住まいも教会もあります。 姑の家内と、月に一回海辺のホテルで朝食をして、それから森林公園を10キロ歩いています。 

附属時代の野村君というと、俊足で、毎朝師範学校のまわりを走っていたのを思い出すのですが、あれは何キロぐらいあったのでしょうか。 私も月に一回医者の健診に行く時、往復8キロを歩かされて閉口なのですが、不承不承重い足を引き摺っています。

ほかにもう1人末っ子の息子がいて、これもバンクーバーに住んでいます。 イランからの難民と結婚し、2才の女児がいます。 サンフランシスコに居る長女は40才。 まだ子供は居ません。 次女はロスアンゼルスの近くで、男児1人。 三女はモントリオールで、子供は男女1人ずつ。 今までのところ、まだ誰も刑務所や病院のご厄介にならないで済んでいるのは極めてラッキーなことと感謝しています。 IN-LAW達 は、早基子さん以外は皆ノンジャパニーズ。 IN-LAW や孫とのコミュニケーションは、家内に任せています。
(05-11-03)

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