第三の悩みです(05-10-23)[s]
再三の悩みの訴えごとでお目を汚したり、お耳を煩わすことになりますが、ご寛恕のほど、何卒お願い致します。
三番目の悩みというのは、最近とみに衰えてきた、英語によるコミュニケーション能力です。 もともと私は外国語が不得手で、会話による意思疎通が苦手なのですが、30代の頃、輸入の仕事をしていて、ますます英語力の不適当なことを痛感する様になりました。
当時子供は既に3人おり、今更学校にも行けない情況でしたが、英国大使館員から、「BBCの日本語部に行ってみないか」と声をかけられました。 英語の総本山のようなBBCなら黙っていても上手くなるだろうと思ったのですが、黙っていたらやはり上手くなりませんでした。 日本語部長は英国人でしたが、柔道六段で日本語の達人。 セクレタリーも日本人の英語に馴れていますから、私のブロークンイングリッシュをみなまで言わせず、「I see what you mean」と腰を折ります。 同僚は、NHKや民放から出向してきたジャーナリスト。 彼らの指導を受けて、日本語は 唐芋普通語から多少マシになったでしょうか。
ロンドンにいた間に双子が生まれました。 BBCには5年いたのですが、5人の幼児を抱えて日本に帰るのは容易ではないと考えました。 そこでカナダに移住を申請したのですが、幸い受入れて貰えました。 そういう次第で1974年43の時に、仕事の当ても無く、頼るべき伝手もないまま、バンクーバー空港に降立ちました。
移民の第一歩は掘建て小屋からスタートと観念して、何でもやる気でいたのですが、CBCで日本向け番組を試みることになり、私が幸運にもその仕事を一人でやらせて貰うことになりました。 しかし1991年に予算カットで日本語放送は廃止。 私はクビになったと思って東京に行き、その際新宿での同窓会で貴兄にお目にかかったのでした。 しかし実際はそれからさらに5年間CBCに置いて貰い、65の定年までご厄介になったのでした。
その10年位前からです、無闇に腹が立つようになったのは。 秀吉の様な人でも若い頃は闊達だったのに、年をとってから気難しくなり、千利休に詰め腹を切らせる様な性格になったと聞き、私も老年になって前頭葉が萎縮したのではないかと、スキャンして貰ったのですが、異常なし。 心理学者、神経科医、精神科医に診て貰っても、欝とか分裂症とかいう病名が出てこないまま今日に到っています。
70を越してから、英語を読むのが億劫になってきました。 特に口語英語の理解が困難になっています。 うちの子供達がキョウダイで話し合う会話は昔から判らなかったのですが、私は一家の長。 必要があれば家内に訊けば良しと、超然としていましたが、家族以外ではそうはいきません。 今でも知らない人には「ノースピークイングリッシュ」「アイドントサッパリノー」と逃げているのですが、情ないことです。
眼も悪い、ヒアリングも出来ない、話しも出来ないと、三重苦ですが、英語で思うように表現できないことも、怒りの鬱積する原因となっています。
しかし、英語国では、英語は人格の一部です。 英語が出来ないのは精神障害者と同じです。 ヨハネ伝の最初の聖句は、「初めに言葉ありき」ですが、「言葉は神なりき」と続きます。 この場合「言葉」とは「基督」のことだそうですが、それにしても重みのある聖句です。
そういう意味で、私はカナダでは人格欠陥者。 もし廃人にでもなればどうなるか。
海外に住んで良かったと思う反面、これからの数年は困難を極めるぞと、戦々恐々です。
(05-10-23)
再三の悩みの訴えごとでお目を汚したり、お耳を煩わすことになりますが、ご寛恕のほど、何卒お願い致します。
三番目の悩みというのは、最近とみに衰えてきた、英語によるコミュニケーション能力です。 もともと私は外国語が不得手で、会話による意思疎通が苦手なのですが、30代の頃、輸入の仕事をしていて、ますます英語力の不適当なことを痛感する様になりました。
当時子供は既に3人おり、今更学校にも行けない情況でしたが、英国大使館員から、「BBCの日本語部に行ってみないか」と声をかけられました。 英語の総本山のようなBBCなら黙っていても上手くなるだろうと思ったのですが、黙っていたらやはり上手くなりませんでした。 日本語部長は英国人でしたが、柔道六段で日本語の達人。 セクレタリーも日本人の英語に馴れていますから、私のブロークンイングリッシュをみなまで言わせず、「I see what you mean」と腰を折ります。 同僚は、NHKや民放から出向してきたジャーナリスト。 彼らの指導を受けて、日本語は 唐芋普通語から多少マシになったでしょうか。
ロンドンにいた間に双子が生まれました。 BBCには5年いたのですが、5人の幼児を抱えて日本に帰るのは容易ではないと考えました。 そこでカナダに移住を申請したのですが、幸い受入れて貰えました。 そういう次第で1974年43の時に、仕事の当ても無く、頼るべき伝手もないまま、バンクーバー空港に降立ちました。
移民の第一歩は掘建て小屋からスタートと観念して、何でもやる気でいたのですが、CBCで日本向け番組を試みることになり、私が幸運にもその仕事を一人でやらせて貰うことになりました。 しかし1991年に予算カットで日本語放送は廃止。 私はクビになったと思って東京に行き、その際新宿での同窓会で貴兄にお目にかかったのでした。 しかし実際はそれからさらに5年間CBCに置いて貰い、65の定年までご厄介になったのでした。
その10年位前からです、無闇に腹が立つようになったのは。 秀吉の様な人でも若い頃は闊達だったのに、年をとってから気難しくなり、千利休に詰め腹を切らせる様な性格になったと聞き、私も老年になって前頭葉が萎縮したのではないかと、スキャンして貰ったのですが、異常なし。 心理学者、神経科医、精神科医に診て貰っても、欝とか分裂症とかいう病名が出てこないまま今日に到っています。
70を越してから、英語を読むのが億劫になってきました。 特に口語英語の理解が困難になっています。 うちの子供達がキョウダイで話し合う会話は昔から判らなかったのですが、私は一家の長。 必要があれば家内に訊けば良しと、超然としていましたが、家族以外ではそうはいきません。 今でも知らない人には「ノースピークイングリッシュ」「アイドントサッパリノー」と逃げているのですが、情ないことです。
眼も悪い、ヒアリングも出来ない、話しも出来ないと、三重苦ですが、英語で思うように表現できないことも、怒りの鬱積する原因となっています。
しかし、英語国では、英語は人格の一部です。 英語が出来ないのは精神障害者と同じです。 ヨハネ伝の最初の聖句は、「初めに言葉ありき」ですが、「言葉は神なりき」と続きます。 この場合「言葉」とは「基督」のことだそうですが、それにしても重みのある聖句です。
そういう意味で、私はカナダでは人格欠陥者。 もし廃人にでもなればどうなるか。
海外に住んで良かったと思う反面、これからの数年は困難を極めるぞと、戦々恐々です。
(05-10-23)

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