Sunday, November 13, 2005

私もまわりに悩みをかけています(05-10-20)[s]

奥様のご病気は、心の痛むことですが、何と言ってお慰めの言葉を申し上げたらよいのか判りません。

貴兄にとって、重い十字架となっているわけですね。 私のまわりを見回しても、それぞれ十字架を担っている家庭が多いのに、改めて驚かされます。  

メールの一節を拝見して、山田太一のテレビドラマを思い出しました。 アルツハイマーになった妻が、主人公のやさしい夫の手を払いのけるようになるのです。 最も愛する人、最も親しい人ほど拒否するようになるのが、アルツハイマーの一つの特徴でしょうか。 悲しいことですね。 知らない人には、それほどの拒絶反応は示さない。  もしそれが本当だとしたら、まわりの人の苦しみも倍加される悲しいできごとですね。

うちの場合は、私が妻の十字架になっているようです。 過去の亡霊が、時と所を構わず、突然噴出するのですから。 2人でテーブルを囲んでいる時とか、車の助手席に乗っている時でも、私の怒りが電気のように伝わるらしく、「今怒っているでしょう」と図星です。 

また私はよく独り言を言うのですが、家内に「何ですか」と訊かれます。 まわりに人がいても、騒がしくてはっきり聞こえないと思えば、「馬鹿野郎」とつぶやきます。 それも特定の人についてではなく、亡霊と自分自身に対して悪態をつくのです。

1人でいる時は、もっと大きな声で、怒声、罵声を発散します。 娘から「何よ、そのバックオーライと言うのは?」と訊かれて、「さてはバレタか」とバツの悪い思いをすることもあります。

今まで2人の心理学者に長期カウンセリングを受けたのですが、つい世間話に流れて無駄な時間を過ごしてしまいました。 2人の神経科医にも診てもらったのですが、お手上げで、日本人の精神科医に紹介されました。

とても真面目なシッカリした地方出身の女医さんでしたが、何しろ娘と同じ年。 昭和一桁の薩摩男としては、平成の若い女医に相談するのは、抵抗がありました。 

ある女医のエッセーで、診療所のベッドで苦悶していた患者に近づいたところ、「なんじゃ、オナゴの医者か!」と突然起き上がり病室から走り去ったという話を読んで、私の精神科医に対する偏見と同じだと、その男に共感を抱きました。 

その精神科医には10回診てもらったのですが、こちらに噛みあおうとする心の姿勢が無いのですから、やはり無駄に終わりました。

私も貴兄と同じで、子育ては妻に任せっ放し。 夫は身体だけそこにいるが心は留守だったのですから、妻はシングルマザーと同様な苦労でした。 しかも外国での暮らしです。 妻は子供の無い人が羨ましかったかもしれません。 しかしその子供達も成人し、やっと一息つけると思ったら、今度は夫が、奇声、蛮声を上げる。 さぞ不愉快でしょうが、まあ病気だからと思って、我慢しているのでしょう。

そんな次第で、クレージーな父親は、子供にも心配をかけているような有様です。 我が家も、ディスファンクショナルな家庭の一つですが、完全な家庭というのは滅多に無いのでしょうね。
(05-10-20)

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