「暫くご無沙汰いたしました」(06-03-16)[n]
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3月も半ばを過ぎました 此方も其方と同じで 雨が多くなりました そして風も強く吹く日がある 三寒四温を繰り返しながら 本格的な春になって行くのでしょう
暫くご無沙汰したようです 家内の事やらで忙しい日を過ごしていたのです
家内が 食事を口から摂取しないものですから 経口管を鼻から入れて 流動食を取っていました
それがもう1年半位続いていたのですが 最近戻してしまい 胃が痛むと言うので検査した処 胃が炎症しているとの事で 今は点滴をしている状態です
昨年初め 子宮体癌の手術をしたのですが 何せ鬱病の患者ですから 後始末が充分行なわれず 今回も転移を心配していますが 内科医は無いと言ってくれますものの 案じています
加えて 今入っている病院での治療が満足出来ず 思い切って 私の住まいの近くの介護付き老人ホームへ移したらと考えて 今施設を見学したり 医者と相談したりしています
家内は70歳ですが もう20年来の病人で 頼りにするのは私だけですから 何とか応えて上げたいと願っています
引退したら 楽な自分本位の生活をしたいと思ってはいたのですが 世の中思うようにはなりません
後藤日郎さんの奥様は お元気なご様子です 時々電話するのですが 日郎さんに振り回されている様子です
彼はお殿様の生活をしているのではないですか
奥様が 私に 彼は我儘だからさぞ迷惑を掛けているでしょうと 言ってくれます
朝はお風呂に早々と入り 夜は早くからお休みだそうです
お酒好きですから 昼間は相手を見付けては飲んでいるのではないですか でも行き付けのスナックが閉店したそうですから 困っているでしょう
この前のメールで 国鉄の藤沢駅長が東京駅長に替わるという話をされていましたね 家内の高等学校時代の同級生のお父さんも その経路を歩かれたと聞いています 確か加藤さんと言われました
慶応での生活は 余り記憶に残っていません それは 入学して失望したからです
特に前半の教養課程は 高校の延長でした 大事なカリキュラムの説明も疎かでした 大学とはこんなものかと呆れました
ドイツ語の栗林先生が ヒルティの哲学論を教科書として採り上げましたが 全くのチンプンカンプンでした
邦訳の哲学論そのものが難解でした
唯一印象に残っているのは 必須科目の英語を教えて下さった加藤道夫先生でした 奥様が文学座の女優さんとかで 確か文学部の教授でしたから 貴兄はご存知かも知れません 教壇に腰掛けて 話されたお姿を覚えています 夏休み明け壮烈な自殺を図られて 亡くなり ショックを受けました
それと三田で聴いた高橋誠一郎先生の講義でした 400人収容の大教室での授業でしたが ウイットに富んだ 飄々とした 枯れた講義は 人気がありました
でも4年間で慶応から学んだ事は余りありませんでした
いざ就職する時には 成績が悪かったために 学校推薦の枠に入れませんでした
一計を案じて 縁故募集しか受付なかった三越を受験して 運良く入りましたが 此処に入った事が良かったのか悪かったのかは分りません
ご承知の通り 当時は東の三越、西の鐘紡と言い 塾員ばかりで固めていました
何せ三越入社当時は 24人中18人が慶応だったのです 300名ばかりの塾員が居ました
住み心地は良かったのですが それだけに驕りがあり 今の三越に成り下がったように思います
塾との関係は そういう訳で復活し 社長秘書の仕事柄 更に深まりました
塾にも度々伺い 塾長にも接しました 卒業してからの方が 塾との関係が出来ました
大学院は 貴兄の言われるように 就職の予備軍みたいな存在でしたね
今は当時と違い 特に理工関係は 企業の垂涎の的になっているようです
早稲田の低迷に比べ 慶応の評価は高いのですが それでも大学の在り方には疑問があります
庭の梅もソロソロ終わりです 白梅が先に咲き 枝垂れ紅梅は今見頃です 強風にもメゲズ 頑張っています
桜の開花は 今年は例年に比べ早そうです 当地は25日~月末の予想です
近隣の三越OB・OGで 月末に公園で花見会を催す予定です
お身体の具合は如何ですか どうかお大事に過ごされて下さい お元気で
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3月も半ばを過ぎました 此方も其方と同じで 雨が多くなりました そして風も強く吹く日がある 三寒四温を繰り返しながら 本格的な春になって行くのでしょう
暫くご無沙汰したようです 家内の事やらで忙しい日を過ごしていたのです
家内が 食事を口から摂取しないものですから 経口管を鼻から入れて 流動食を取っていました
それがもう1年半位続いていたのですが 最近戻してしまい 胃が痛むと言うので検査した処 胃が炎症しているとの事で 今は点滴をしている状態です
昨年初め 子宮体癌の手術をしたのですが 何せ鬱病の患者ですから 後始末が充分行なわれず 今回も転移を心配していますが 内科医は無いと言ってくれますものの 案じています
加えて 今入っている病院での治療が満足出来ず 思い切って 私の住まいの近くの介護付き老人ホームへ移したらと考えて 今施設を見学したり 医者と相談したりしています
家内は70歳ですが もう20年来の病人で 頼りにするのは私だけですから 何とか応えて上げたいと願っています
引退したら 楽な自分本位の生活をしたいと思ってはいたのですが 世の中思うようにはなりません
後藤日郎さんの奥様は お元気なご様子です 時々電話するのですが 日郎さんに振り回されている様子です
彼はお殿様の生活をしているのではないですか
奥様が 私に 彼は我儘だからさぞ迷惑を掛けているでしょうと 言ってくれます
朝はお風呂に早々と入り 夜は早くからお休みだそうです
お酒好きですから 昼間は相手を見付けては飲んでいるのではないですか でも行き付けのスナックが閉店したそうですから 困っているでしょう
この前のメールで 国鉄の藤沢駅長が東京駅長に替わるという話をされていましたね 家内の高等学校時代の同級生のお父さんも その経路を歩かれたと聞いています 確か加藤さんと言われました
慶応での生活は 余り記憶に残っていません それは 入学して失望したからです
特に前半の教養課程は 高校の延長でした 大事なカリキュラムの説明も疎かでした 大学とはこんなものかと呆れました
ドイツ語の栗林先生が ヒルティの哲学論を教科書として採り上げましたが 全くのチンプンカンプンでした
邦訳の哲学論そのものが難解でした
唯一印象に残っているのは 必須科目の英語を教えて下さった加藤道夫先生でした 奥様が文学座の女優さんとかで 確か文学部の教授でしたから 貴兄はご存知かも知れません 教壇に腰掛けて 話されたお姿を覚えています 夏休み明け壮烈な自殺を図られて 亡くなり ショックを受けました
それと三田で聴いた高橋誠一郎先生の講義でした 400人収容の大教室での授業でしたが ウイットに富んだ 飄々とした 枯れた講義は 人気がありました
でも4年間で慶応から学んだ事は余りありませんでした
いざ就職する時には 成績が悪かったために 学校推薦の枠に入れませんでした
一計を案じて 縁故募集しか受付なかった三越を受験して 運良く入りましたが 此処に入った事が良かったのか悪かったのかは分りません
ご承知の通り 当時は東の三越、西の鐘紡と言い 塾員ばかりで固めていました
何せ三越入社当時は 24人中18人が慶応だったのです 300名ばかりの塾員が居ました
住み心地は良かったのですが それだけに驕りがあり 今の三越に成り下がったように思います
塾との関係は そういう訳で復活し 社長秘書の仕事柄 更に深まりました
塾にも度々伺い 塾長にも接しました 卒業してからの方が 塾との関係が出来ました
大学院は 貴兄の言われるように 就職の予備軍みたいな存在でしたね
今は当時と違い 特に理工関係は 企業の垂涎の的になっているようです
早稲田の低迷に比べ 慶応の評価は高いのですが それでも大学の在り方には疑問があります
庭の梅もソロソロ終わりです 白梅が先に咲き 枝垂れ紅梅は今見頃です 強風にもメゲズ 頑張っています
桜の開花は 今年は例年に比べ早そうです 当地は25日~月末の予想です
近隣の三越OB・OGで 月末に公園で花見会を催す予定です
お身体の具合は如何ですか どうかお大事に過ごされて下さい お元気で

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