大学については私も屈折した思いです(05-11-19)[s]
早速私の希望をお聞き入れいただき、14ポイントで書いてくださって、有難うございました。 とても読み易く、パーフェクトです。
貴兄も、最近は銀座に出る機会が遠のきましたか。 私も学生時代はよく銀座のコーヒーショップに友達と出かけ、アゴのしゃくれた猿離れのしたウェイトレスの横顔に、銀座の薫りを感じたものです。
学校を出てから銀座八丁目にあった同和火災に勤めていたことがあります。 昭和31年でしたが、尾張町の角から新橋まで、鉄筋の建物というと、タイプライターの黒澤商会と同和火災だけでした。 小松ストアや資生堂もまだ戦後だったのですね。 会社の屋上から西銀在界隈を眺めると、金春湯や高級バーが見えましたが、夜はネオンで華やかな夜の蝶の町も、化粧を落とした昼間の屋根はトタン張りでした。
あの頃は、会社のトイレも和式のみ。 昼休みに帝国ホテルの旧館まで出むき、地下のトイレをよく拝借したものです。 三等社員の無責任な行為でしたが、幸い誰にも咎められませんでした。
1991年、久し振りに日本に帰った時、日曜日に、桜田門で地下鉄を降り、銀座まで歩いてみました。 ビジネス街はお休みで、人影もまばら、車の往来も閑散。 静謐な雰囲気に、やはり銀座は世界でも一流の風格があると、改めて印象づけられたことでした。
先日いただいたお便りの中で、大学には失望したと率直な感想を洩らしておられましたが、興味深く感じました。
私は高校時代成績が悪く、国立の一期校は勿論、二期校も無理と諦めておりました。 勉強は全然しなかったのですが、河合栄次郎編の「学生と読書」とか「学生と教養」など、日本評論社の学生叢書を古本屋で読んで、漠然と「大学とはこういう所だ」という幻想を抱いていました。 しかし、私も大学で、いささか幻滅の思いをした一人です。
父は鹿児島で一介の商店主でしたが、七高や高農、師範学校の先生達と親しく、よくそうした先生達が店の二階に立ち寄って、紅茶を飲みながら歓談しておられました。
その中で父が最も親しかったのは七高の哲学の先生で、その哲学者の話を聴くのが私も楽しみでした。 ところが、浪人してやっと入った慶應の文学部で、日吉の大教室の壇上から、哲学の助教授が、開口一番、「これから諸君に哲学を教える」とのたまうたのには、ビックリしました。 入試の面接の際、私を見下した調子であしらった下品な試験官も、入ってみたら哲学の教授でした。
私にとって一番有難かったのは、池田弥三郎という国文学の先生が、一対一で忠臣蔵を教えて下さったことです。 その直後、池田先生は、マスコミ界のスターとなり、大学の常務理事にもなられたのですが、私が受講した時はまだ無名の新進学者。 従って、学生も私一人という贅沢な環境でした。
私の娘は、モントリオールのマッギルという、北米やヨーロッパでは割と名の知れた大学に行ったのですが、ある時、「マッギルは、ダディの行った慶應と同じで、入るまでは良い学校だと思っていたけど、出てからアメリカの大学で勉強してみると、ちょっと失望ね」と言うので驚きました。 私は慶應のことなど口にした覚えも無いのですが、娘というものは、何か敏感な嗅覚を備えているらしいと思ったことでした。
上海のある大学が発表した世界の500の大学の番付によると、ハーバードが1番、スタンフォードが2番、東大が15位、京大が20位というのはわかるとしても、慶應が神戸大や広島大と並んで300位前後。 早稲田は400位前後と評定されています。 しかしこの番付には、一橋も国際基督教大も500校の中に入っていないのですから、とても完全なものとは言えないかもしれません。 (05-11-19)
早速私の希望をお聞き入れいただき、14ポイントで書いてくださって、有難うございました。 とても読み易く、パーフェクトです。
貴兄も、最近は銀座に出る機会が遠のきましたか。 私も学生時代はよく銀座のコーヒーショップに友達と出かけ、アゴのしゃくれた猿離れのしたウェイトレスの横顔に、銀座の薫りを感じたものです。
学校を出てから銀座八丁目にあった同和火災に勤めていたことがあります。 昭和31年でしたが、尾張町の角から新橋まで、鉄筋の建物というと、タイプライターの黒澤商会と同和火災だけでした。 小松ストアや資生堂もまだ戦後だったのですね。 会社の屋上から西銀在界隈を眺めると、金春湯や高級バーが見えましたが、夜はネオンで華やかな夜の蝶の町も、化粧を落とした昼間の屋根はトタン張りでした。
あの頃は、会社のトイレも和式のみ。 昼休みに帝国ホテルの旧館まで出むき、地下のトイレをよく拝借したものです。 三等社員の無責任な行為でしたが、幸い誰にも咎められませんでした。
1991年、久し振りに日本に帰った時、日曜日に、桜田門で地下鉄を降り、銀座まで歩いてみました。 ビジネス街はお休みで、人影もまばら、車の往来も閑散。 静謐な雰囲気に、やはり銀座は世界でも一流の風格があると、改めて印象づけられたことでした。
先日いただいたお便りの中で、大学には失望したと率直な感想を洩らしておられましたが、興味深く感じました。
私は高校時代成績が悪く、国立の一期校は勿論、二期校も無理と諦めておりました。 勉強は全然しなかったのですが、河合栄次郎編の「学生と読書」とか「学生と教養」など、日本評論社の学生叢書を古本屋で読んで、漠然と「大学とはこういう所だ」という幻想を抱いていました。 しかし、私も大学で、いささか幻滅の思いをした一人です。
父は鹿児島で一介の商店主でしたが、七高や高農、師範学校の先生達と親しく、よくそうした先生達が店の二階に立ち寄って、紅茶を飲みながら歓談しておられました。
その中で父が最も親しかったのは七高の哲学の先生で、その哲学者の話を聴くのが私も楽しみでした。 ところが、浪人してやっと入った慶應の文学部で、日吉の大教室の壇上から、哲学の助教授が、開口一番、「これから諸君に哲学を教える」とのたまうたのには、ビックリしました。 入試の面接の際、私を見下した調子であしらった下品な試験官も、入ってみたら哲学の教授でした。
私にとって一番有難かったのは、池田弥三郎という国文学の先生が、一対一で忠臣蔵を教えて下さったことです。 その直後、池田先生は、マスコミ界のスターとなり、大学の常務理事にもなられたのですが、私が受講した時はまだ無名の新進学者。 従って、学生も私一人という贅沢な環境でした。
私の娘は、モントリオールのマッギルという、北米やヨーロッパでは割と名の知れた大学に行ったのですが、ある時、「マッギルは、ダディの行った慶應と同じで、入るまでは良い学校だと思っていたけど、出てからアメリカの大学で勉強してみると、ちょっと失望ね」と言うので驚きました。 私は慶應のことなど口にした覚えも無いのですが、娘というものは、何か敏感な嗅覚を備えているらしいと思ったことでした。
上海のある大学が発表した世界の500の大学の番付によると、ハーバードが1番、スタンフォードが2番、東大が15位、京大が20位というのはわかるとしても、慶應が神戸大や広島大と並んで300位前後。 早稲田は400位前後と評定されています。 しかしこの番付には、一橋も国際基督教大も500校の中に入っていないのですから、とても完全なものとは言えないかもしれません。 (05-11-19)

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