メール有難く拝見しました (2008/03/16)[s]
================
お便りに記されたお宅の庭の梅の花と枝ぶりを想像しています。 そして椿も数多くあるとのこと。 開花の時季は見事でしょうね。
私は、アパートに移ってから自分で芝や植え込みの世話をみることがなくなりました。 部屋の中には鉢植えのプラントがありますが、ランやその他ピンクの花が、毎年花を咲かせています。
私は幼少の頃天文館で育ったので、高麗町にあった祖父母の屋敷によく行って、庭を走り回っていました。 祖父は高農の教師でしたが、稲の専門で、園芸には程遠く、庭もそれほど高尚な風情はなかったように思います。
父は関西学院に行っていましたが、大恐慌に遭遇し、学校をやめて鹿児島に戻り、伯父や伯母が始めた絵画材料店とレコード屋を引き継ぎました。 それがアキ洋装店になったのですが、私も鹿児島の友人達のように、学校を終えて親の店を継いでいたらどうなっていただろうと、時々考えます。
私は文学部でしたから計数に弱く、コロンビアのビジネススクールで会計学を試してみましたが歯がたちませんでした。 その後青山学院の大学院や村田簿記学校で再度トライしてみたのですがものにならず、さらにロンドンスクールオブエコノミックスでもチャレンジしてみたものの、これも落第。 一生計数には劣等感の重い袋をさげたまま、あの世に渡ることになりました。 今はカナダでも税金申告の時期。 専門家がボールペンではじき出す数字を茫然と眺めています。
親の仇を息子に取らせようと、カナダのクリスチャン高校の先生に相談したのですが、「あの子には向かない」と一笑に付されました。 それから20数年。 息子は今は牧師になっています。 先週の説教のテーマは、所得の十分の一を神様にお返ししようというものでした。 それが神の目から見た経済の働きなんでしょう。
私も昔貧乏な移民として四苦八苦していた頃十一献金の話を聞き、恐る恐る試してみたところ、それ以来暮らしに困ることがなくなりました。 そして5人の子供達を大学から大学院までやることもできました。 私は経済の仕組みは判りませんが、異国へきて子沢山の家族を飢え死にさせることもなく、子供達も今は皆中年の家族持ち。 私の信仰心は浅くて薄いのですが、十一献金だけは、何よりも確実な投資だと思っています。
どうも最後に説教じみたものになってしまって申し訳ありません。 今まで何回か死神の箒に鼻先を掠められたことはありましたが、無能な男が今までのところ比較的幸運に恵まれてきたことには感謝している次第です。
================
お便りに記されたお宅の庭の梅の花と枝ぶりを想像しています。 そして椿も数多くあるとのこと。 開花の時季は見事でしょうね。
私は、アパートに移ってから自分で芝や植え込みの世話をみることがなくなりました。 部屋の中には鉢植えのプラントがありますが、ランやその他ピンクの花が、毎年花を咲かせています。
私は幼少の頃天文館で育ったので、高麗町にあった祖父母の屋敷によく行って、庭を走り回っていました。 祖父は高農の教師でしたが、稲の専門で、園芸には程遠く、庭もそれほど高尚な風情はなかったように思います。
父は関西学院に行っていましたが、大恐慌に遭遇し、学校をやめて鹿児島に戻り、伯父や伯母が始めた絵画材料店とレコード屋を引き継ぎました。 それがアキ洋装店になったのですが、私も鹿児島の友人達のように、学校を終えて親の店を継いでいたらどうなっていただろうと、時々考えます。
私は文学部でしたから計数に弱く、コロンビアのビジネススクールで会計学を試してみましたが歯がたちませんでした。 その後青山学院の大学院や村田簿記学校で再度トライしてみたのですがものにならず、さらにロンドンスクールオブエコノミックスでもチャレンジしてみたものの、これも落第。 一生計数には劣等感の重い袋をさげたまま、あの世に渡ることになりました。 今はカナダでも税金申告の時期。 専門家がボールペンではじき出す数字を茫然と眺めています。
親の仇を息子に取らせようと、カナダのクリスチャン高校の先生に相談したのですが、「あの子には向かない」と一笑に付されました。 それから20数年。 息子は今は牧師になっています。 先週の説教のテーマは、所得の十分の一を神様にお返ししようというものでした。 それが神の目から見た経済の働きなんでしょう。
私も昔貧乏な移民として四苦八苦していた頃十一献金の話を聞き、恐る恐る試してみたところ、それ以来暮らしに困ることがなくなりました。 そして5人の子供達を大学から大学院までやることもできました。 私は経済の仕組みは判りませんが、異国へきて子沢山の家族を飢え死にさせることもなく、子供達も今は皆中年の家族持ち。 私の信仰心は浅くて薄いのですが、十一献金だけは、何よりも確実な投資だと思っています。
どうも最後に説教じみたものになってしまって申し訳ありません。 今まで何回か死神の箒に鼻先を掠められたことはありましたが、無能な男が今までのところ比較的幸運に恵まれてきたことには感謝している次第です。

0 Comments:
Post a Comment
<< Home