Monday, August 18, 2008

塾のことなど (2008/08/18)[s]
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まだまだ暑い天気が暫く続くでしょうが、それでも早朝は夜があけるのも遅くなり、一方日没は早くなってきました。 海岸を歩きながらサンセットを見るのですが、この前までは午後9時過ぎに日が沈んでいたのに、今日あたりは8時15分でした。

お孫さんが小学4年で塾通いとのことですが、日本の競争社会は幼い子供の時間も奪ってしまうのですね。 カナダ人の教授が日本に滞在中アンケートを受け、「塾に週何日通わせているか」と訊かれ、1日から7日までいずれかにマルをするようにと指示されていたが、「0日」という項目はなかったと驚いていました。

カナダにも塾はあります。 ケベックのフランス語の町のショッピングセンターで、「KUMON」の看板を見かけました。 公文塾は世界中に進出しているのでしょうか。

バンクーバーにも塾はあります。 勉強しているのは殆どが中国系や東洋人の子弟だろうと思います。 日本人の子供も小学校では神童ぞろいです。

バンクーバーに小学から高校までのカナダでもトップクラスの名門校があります。 昔は白人のエリート専用だったのですが、それが今ではアジア系も増えています。 まともな選び方をすると東洋系で占められてしまう恐れがあり、それでは多民族多文化の社会に合わなくなるからと、人種別に枠を設けて、白人やインド系でも入れるようにしていると聞きました。

古い「寅さん」を見ていると、母親役のさくらが二階の満男に向かって「勉強しなさいよ」と声を張り上げます。 監督の山田さん自身にはそんな体験は無かったのでしょうが、あの掛け声は日本中どこにでも響き渡っていたのではないでしょうか。

私の父が戦前言っていたのですが、「お祖母さん(つまり自分の母親)が『勉強しなさい』と言うから、そんなら勉強なんかしてやるもんかと反抗した」と笑っていました。 父は鹿児島二中だったのですが、祖父は明治の初めに四国の田舎から笈を負って上京し予備門帝国大学に進みました。 祖母も伊予から神戸女学院に学んだ当時としては珍しい英語使い。 父は結局関西学院に行ったのですが、長兄だった伯父は二中どまり。 大学という名のついたところに行ったのは、東京女子大に学んだ伯母だけでした。

先日インターネットで日本の新聞の見出しを見ていたら、「高校時代に親に殺意を抱いた覚えのある女性は3割」とありました。 その内容は読まなかったのですが、「親に殺意」というケースは案外多いのですね。 

私どもが1974年移住してきて、コネもなく仕事もなく悪戦苦闘していた時代に子供達は育ったのですが、その子達も今は40前後。 振り返って「勉強しなさい、宿題をしなさいと言われなかったのが一番良かった」と述懐します。 今まで子供に刺し殺されなかったのはそのせいかもしれません。 それも怪我の功名でしょうか。 

それにしても、もし日本で5人の子供をかかえていたら、大学はおろか、鹿児島実業に入るのも苦労だったかもしれません。

カナダも天国ではありませんが、医療と教育だけは、戦乱に脅かされる国々よりは恵まれています。 今第三世界から移住してくる人達は、経済的向上が動機です。 しかしヨーロッパから移住してくる人達は、「子供の将来のために」という理由をあげます。

カナダには東大もなければハーバードもない。 殆どの大学が平等の評価を受けており、学閥や入試地獄もありません。 

医療も、経済的な負担を心配する必要がないだけでなく、大抵の医師や看護師が親切で機嫌が良い。 これも病気を癒すのに大事なことだと思うのですが。

一時期日本からシルバー移住という、引退した人達がやってきて暮らす動きがありました。 受け入れる国の方でも輸出と同じような経済効果がある。 だから歓迎だったのですが、いつの間にか立ち消えになってしまったようです。 その薦めにのって移住してきた人達も、大半は数年間のカナダ生活の後、また日本に引き揚げていきます。 日本も離れてみると良い国だったという思いが強く感じられるのかもしれませんね。 両親の墓をカナダに移してしまった私達には、ここで骨を埋める外ありませんが、死んで魂が自由になったら、生まれ故郷にも飛んで行ってみることに致しましょう。

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